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  • 2019/06/14 掲載

カネカの「法令順守」が致命傷になり得るワケ

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歴史ある大企業であるカネカの広報対応が、悪い意味で話題となっています。本来企業のレピュテーションを高め、多くのファンを生み出すことを目的とするはずの広報活動で真逆の状況を生み出してしまった理由はどこにあるのでしょうか。歴史ある企業ではなかなか対応できない、広報に求められる役割の変化について解説します。
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カネカの広報対応から何を考えるべきか
(Photo/Getty Images)

カネカ炎上の理由は世間との認識のズレ

 まず、これまでの経緯を簡単に振り返りましょう。はじまりは6月1日に2児の働く母を称する人物が、以下のようにツイートしたことでした。


 社員の妻と思われる人物が、「#カガクでネガイをカナエル会社」というハッシュタグをつけ、ほぼ名指しで会社の「パタニティ・ハラスメント(男性が育児休業制度などを利用する際の上司や同僚からのいやがらせ:パタハラ)」を訴えたのです。そこから一気に情報が広がりはじめました。週が明けて3日には日経ビジネスが元社員と妻に直撃取材をしたうえで記事化し、さらに話題が拡散。その間にも、2日には、カネカのWebサイトに掲載されていた「ワークライフバランス」のページが削除されたのではないかと騒動(同社は否定)になりました。

 さらに、4日にはカネカの角倉護社長が社員宛てに送ったメールが外部に流出し、複数のメディアが全文掲載するという事態が起きました。3日にメディアが取材を申し込んだ際には、「(ツイートは)当社と断定していないので、現時点ではコメントできない」旨の回答をしていましたが、メールにはSNS上の書き込みは社員だと認める内容が記載されていました。実質的に、認識があったのになかったと「うそ」をメディアに伝えていたことになり、新たな批判が巻き起こりました。

 その後は沈黙を守っていた同社ですが、6日にWebサイト上で公式コメントを発表しました。その内容は、「当社の対応に問題はないことを確認致しました」という強い口調のものでした。育休復帰後に即転勤を命じても法律上は問題ないし、むしろ文書の最後は「従前と変わらず(中略)社員のワークライフバランスを実現して参ります」と締めくくっていますので、“今後もこの姿勢を変えることはない”という強い意志表明とさえ感じる内容でした。

 この対応に対して、若い世代を中心に大きな反発が起きました。職を持つ妻を持ち、0歳と2歳の2人の子どもを抱え、新居を建てたばかりというタイミングで、夫が転勤するとなれば今後の生活に大きな変化(負担)を強いられるのは明らかです。こうした状況で会社から「育休後即の転勤は問題ないし、そのための猶予は1~2週間しか与えない」と言われたら多くの人は絶望的な気分になるのではないでしょうか。

 今は、「働く夫と専業主婦の家族像」や若いうちは苦労しても年を取れば報われる「年功序列」のような人事制度が一般的だった時代とは、すでに社会環境が大きく異なります。たとえ「いつでも転勤できることが前提の雇用」だったとしても、現実的には、社員が「育休後、即転勤」に対応できない(しない)場面が出てくるでしょう。

 今回の炎上は、“歴史ある大企業”カネカが思う「問題ない」状態と今の生活環境で暮らす世間の人々が思う「問題ない」状態の認識が大きく異なったために起こったとも言えます。

「共感されない」ことは法律とは別次元のリスク

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 今回の騒動を企業広報視点で眺めると、企業広報活動のなかには「法律とは別次元のリスク」があることを如実に示した例と捉えることができます。

 ワークライフバランスをWebサイトで積極的にアピールし、子育てサポート企業の証である「くるみん」も取得するなど、働く環境の整備に積極的だったカネカ。しかし、実際の社内運用は「育休後に即転勤があり得る」ものであり、世間はこうした状況を「ワークライフバランスを保ちやすいとは言えない」「育休後の即転勤はパタハラだ」と訴えたのです。そうした指摘に対するカネカの回答は、ひとえに「法律上問題ない」というものでした。

 しかし、法律上問題がなくとも、自社を取り巻くステークホルダー(顧客や社員、求職者、株主などの人々)から共感されず、そっぽを向かれたら何が起きるでしょうか? 

 BtoC企業であれば商品の売り上げにダイレクトに影響が及ぶかもしれません。BtoB企業であっても企業イメージの低下は避けられず、従業員の会社に対する信頼(社員エンゲージメント)や今後の採用に大きな問題が生じるはずです。

 採用に関して言えば、「2019年卒マイナビ大学生就職意識調査」によると、大学生の「就職観」では「個人の生活と仕事を両立させたい」が24.2%と支持が高く、その他指標のなかで2番目の高さとなっています。また、内閣府が発表している「特集 就労等に関する若者の意識」(平成30年版)には「『仕事よりも家庭・プライベート(私生活)を優先する』と回答した者は63.7%」との記述があります。

画像
仕事と家庭・プライベートとのバランス 就労等に関する若者の意識調査
(出典:平成30年版 子供・若者白書(概要版)内閣府 報道発表)

 今回のカネカの対応は、ただでさえ売り手の人材市場で、大きなダメージを与える可能性があると考えられます。また、現状働く社員への影響も無視できません。今回の会社の対応と世間からの批判を見ることで、「明日はわが身」「長くは勤められない会社」「ライフステージが変わる時には転職する必要がある」と考える若手社員が出てくるかもしれません。

“これまでの常識”が通用しない、デジタル時代の危機管理

 また、長い歴史を持つ大企業の広報活動には、これまでの活動や知見ゆえに持つ「これまでの常識」が足かせになることがあります。

 たとえば、「大企業の社員がリスクを冒して社内文書を外部に漏らすわけがない」というような常識です。今回は、外向けには「現時点では社員かどうか分からないのでコメントできない」と説明していたにも関わらず、社内向けには社員と認める内容を社長名で送信しており、それが“全文漏えい”して新たな炎上の火種となりました。

 今の時代、情報は限りなくオープンです。エンジニア界隈では「退職エントリ」(GAFAほか国内有名IT企業の従業員などが社名を出して、会社の良い所、悪い所について自分の意見を自由にブログにつづること)を書くことが一般的になってきました。SNSなどの情報プラットフォームが整い人々が情報発信の仕方やその影響に慣れることで、情報発信の文化が変わったのではないでしょうか。

 そうした環境のなかで、「社員だけに向けた文書」などというのはもう存在し得ません。良くも悪くも情報は漏れることを前提に情報発信を考える必要があると言えます。

【次ページ】広報の役割はどう変わったか
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