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日本は世界一の長寿国である。それは、間違いなく戦後日本が成し遂げた大きい成果である。にもかかわらず、少子高齢化に労働人口の減少、社会保障や医療費の負担……等々、日本の将来を憂う声ばかりが目立つ。日本屈指のブレーンである竹中 平蔵 氏と、ビジネス界きっての教養人 出口 治明 氏は、そうした悩みは意味がないという。AIは本当に人の雇用を奪うのか。文系にもプログラミングのスキルは必要なのか。現在の働き方改革の問題点は名にか。現代の2人の賢人が縦横無尽に語り合った。
AIの登場は、新しい産業を生み出す好機である
出口氏:AIやIT化が進むと自動化される職業が増えるので、労働力が余るという意見があります。竹中先生は、どのように思われますか?
竹中氏:基本的には「AIやIT化はよいことである」と受け止めなければいけないと思っています。
18世紀に産業革命が起きたとき、「ラッダイト運動(機械の打ち壊し運動)」が起きました。繊維工業の機械が発明されたことで、「仕事を奪われるのではないか」と恐れた労働者が紡績機などの機械を破壊したのです。
けれど現実的には、産業革命によって労働の効率化が図られ、生産性も大きく向上しています。労働者の生活水準も上がりました。
一見すると、目の前の仕事が奪われたように思いますが、
機械化によって仕事を失った職人たちが、新しいニーズに応えるような産業を生み出していったわけですよね。
そういうふうに考えると、AIやIT化によって、付加価値を高める、あるいは生産性を高める重要なチャンスがやってきていると思います。
もちろん、AIやIT化をどんどん前進させる一方で、仕事を失った人たちが新しい産業を起こせるような環境を構築することが大切です。
出口氏:日本航空がいい例ですね。多数のパイロットが流動化したことで、彼らがLCC(ローコストキャリア)に流れていきました。それによって、日本でもLCCが成り立つようになったのです。
竹中氏:第4次産業革命では、今存在している企業の中から、本当に危なくなる企業も出てくると思います。そのため、新しい産業を試せる場や、そこで仕事にあぶれてしまった人が、新しい仕事に移行できるしくみが必要です。
人材の面では、
リカレント教育が極めて重要なテーマになってくると思います。
リカレントとは「反復」の意味です。社会人に対してもう一度職業訓練をして、新しいことができるような能力を高めていくことが必要です。
グローバル人材、IT、AI関係分野、高齢化の進行に伴うヘルスケア分野の人材への需要は特に高いと思います。
出口氏:AIやIT化に関しては竹中先生のお話に尽きると思うのですが、少しだけ付け加えると、僕は、AIについてはあまり心配していないのです。
18世紀以降の水力や蒸気機関による第1次産業革命と、現在の第4次産業革命を見比べた場合、第1次産業革命のほうがスケールが大きいような気がしています。人の手でつくっていたものを機械でつくりはじめたわけですから。
機械を打ち壊すラッダイト運動などが一時的にはあったにせよ、結局は雇用が増えて景気がよくなっているので、第4次産業革命が第1次産業革命よりもスケールが小さいと仮定すれば、それほど心配しなくてもいいのではないでしょうか。
竹中氏:第1次産業革命と第4次産業革命のどちらが大きいかはなかなか難しい判断だと思いますが、家庭内での男女間の分業をスタートさせるなど、社会生活を変えたという意味で、第1次産業革命は大きなインパクトがありました。
一方で、第4次産業革命も、ライドシェアの推進など、社会生活を変える革命的なことが起こる可能性があると思います。
たとえば、ライドシェアが普通になれば、自動車を買う人が少なくなります。すると、駐車場がいらなくなるなど、社会と生活が変わってきます。
出口氏:確かに、車が減った分、緑化が進むなどの変化が起こるかもしれないですね。
労働の流動化~フィンランドのケース
──社会が変われば、その分違った産業が育ち、そこに雇用も生まれますね。
出口氏:産業構造が変わっていくときは、労働の流動化が一番大事だと思うんです。
1992年ごろ、僕が日本生命のロンドンオフィスに赴任していたとき、フィンランドが破産しかけたことがあります。フィンランドは貿易に大きく依存していましたが、当時、ソ連が崩壊したことで、対ソ連輸出が減ってしまったことが原因です。
そのとき、日本生命のロンドンオフィスはフィンランドの政府に為替介入資金として100億円単位でお金を貸していたんです。
竹中氏:そうだったんですね。
出口氏:はい。旧ソ連の経済が元に戻ったとしても、これまでと同じように輸出できるとは限りません。そこで当時、フィンランド史上最年少(36歳)で首相に就任したエスコ・アホ氏は、
失業者にお金を支給するのではなく、全員に無料でパソコンなどIT関係の職業訓練を受けられるようにしました。これからはパソコンが使えないと仕事ができないと考えたのです。その結果、2000年ごろには、フィンランドは国際競争力ナンバーワンの国になりました。
竹中氏:ノキアなどの先端企業が生まれましたね。そしてフィンランドは今や、IT先進国です。
出口氏:これは、労働の流動化がスムーズに行なわれた成果と考えることができます。
これからはプログラミングができないと食べていけませんか
──プログラミングができないから、今後心配、という声も聞かれます。
出口氏:「IT化が進んでいくと、プログラミングが必要になるのではないか。自分は文系なので自信がない」と話していた若者がいるのですが、プログラミングの技術がなければ就職できないということがわかれば、人は必要に迫られて、勉強すると思うのです。「TOEFL100点でなければ採用面談しない」と経団連の会長が言えば、英語力はすぐに上がる。
人間は本来とても怠け者の動物です。でも、「それができなければ、ご飯が食べられない」という状況に追い込まれたら、きっとやるようになると思います。
竹中氏:インターネットの普及に関して、まったく同じようなことがあったんです。
インターネットが一気に高まった理由をご存じですか?
企業が採用活動をインターネットでやりはじめたからです。入りたい会社にエントリーするには、インターネットを使うしかない。だから普及したんですね。
産業競争力会議の中で、楽天の三木谷浩史会長兼社長が「英語力の向上のため、国家公務員の採用試験にTOEFLを採り入れたらどうか」と提言しました。
この意見をきっかけにして、海外でも広く使われている外部英語試験を国家公務員採用試験に採り入れることが検討されたのですが、採用されると何が起こるかというと、大学入試も必然的にTOEFLを採用する可能性が出てくる、ということです。
そうなれば、高校でもTOEFLの勉強に取り組むようになりますよね。こうして外部英語試験が波及していけば、日本人の英語力向上が実現するはずです。
出口氏:大事なところを一点突破すれば、あとはマーケットの原則が働くんですね。
竹中氏:ボウリングのセンターピンを倒せば、あとはパタパタ倒れていく。センターピンが倒れない限りストライクはありえないわけです。
出口氏:センターピンというのは、とてもいいキーワードですね。
竹中氏:「センターピンを倒す」という発想は、ジュリアナ東京(1990年代のディスコ)を企画した折口雅博さんから教えていただいたものです。
ジュリアナ東京にとってのセンターピンは何かというと、「女性客」です。男性客は単純なので(笑)、女性客が集まれば、それを目当てに自然と集まってきます。
では、どうすれば女性客が集まるか。折口さんは、招待券を配ったんです。ただし、有効期限が長いと「いつか行こう」と思うだけで実際には放置されてしまいます。そこで、1日だけ使える招待券を出したんです。
出口氏:有効期限が長い招待券は、結局使われないですよね。
竹中氏:そうです。でも、1日だけだと希少性が生まれます。経済学でいうスケアシティです。
ダイヤモンドと空気を比べた場合、ダイヤモンドはなくても生きていけますが、空気がないと生きていけません。それなのに、どうして空気はタダで、ダイヤモンドは高価なのかといえば、ダイヤモンドには希少性があるからです。
出口氏:この社会のしくみの中で、何がセンターピンで、どこを突いたら効果が大きい
かを考えるのがまさに知恵ですよね。
──そう考えると、今できるとかできないとかを考える前に、流れに乗っていったほうがよさそうですし、そもそも、そうせざるをえなくなるのかもしれませんね。
出口氏:戦後の高度成長は、地方から労働力を都市に移すことで成り立ちました。その象徴が集団就職です。荒っぽくいえば、農業に従事していた若者を都市に集めて、トヨタや松下(現パナソニック)に勤めさせた。生産性の低い農業から生産性の高い製造業へ労働力をシフトさせたことで、日本は復活したわけですね。
竹中氏:今の中国も同じです。
出口氏:日本は、これまでも労働の流動化を進めながら、伸びる産業に人をシフトさせてきたのですから、これからも明るい未来のために労働の流動化を進めるべきです。
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