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- 2022/09/06 掲載
「日本企業は人に投資しない」は本当か? 人材版伊藤レポート 2.0作成者に聞く
「人材版伊藤レポート 2.0」を作成した背景
人的資本経営とはその名の通り、人材をこれまでのように「経営資源」としてではなく、「資本」としてとらえ直すことでその価値を最大化し、ひいては企業価値そのものの向上に直結させようという取り組みを指す。経済産業省が2020年に発表した「人材版伊藤レポート」は、人的資本経営のコンセプトと重要性を日本の産業界に広く知らしめる上で大きな役割を果たしたが、それから2年も経たないうちにアップデート版の「人材版伊藤レポート 2.0」が早くも公表された。
その目的について、島津氏は次のように語る。
「2020年に出した人材版伊藤レポートは、人的資本経営のコンセプトをわかりやすく整理して提示することに主眼を置きました。3つの視点と5つの共通要素という考え方が2020年のレポートで提唱されたのですが、レポートを読んだ企業担当者から『具体的にどう取り組めばいいのかわからない』という声が多く寄せられたのです」
そこで具体的な取り組みの内容と、先行して取り組んでいる企業の事例を紹介しつつ、内容をさらに“深掘り”“高度化”したのが、「人材版伊藤レポート 2.0」というわけだ。
また初版を公表してから2年弱の間に、企業を取り巻く経営環境にはさまざまな変化が生じたため、それらも内容に反映させた。具体的には「デジタル化の進展」「脱炭素の潮流」「コロナ禍」といった社会変化を踏まえた上で、動的な人材ポートフォリオを構築するための工夫などについてもカバーしたという。
企業は「人材版伊藤レポート2.0」をどのように使うのが良いのだろうか。
島津氏は、レポートについて「全部の項目にチェックリスト的に取り組むことを求めてはおらず、あくまでもアイデアの引き出しとして提示している」と語る。
「企業の経営環境はさまざまなので、『これをやればいい』というような、外形的に当てはめて行動していただくようなものではありません。レポートを基に『我が社はどんなことができるだろうか』と議論をしていただくことが本当の狙いです」
なぜ人的資本経営に対する注目度が高まっているのか
そもそもなぜ今、人的資本経営が日本のみならず世界中で注目されているのか。その表面的な要因として、島津氏は「市場からの要請」を挙げる。「海外では人的資本経営に関する情報の開示が企業に求められるようになっており、日本企業もグローバルに事業を展開している場合はこれに対応せざるを得なくなってきています。また国内市場においても2021年6月、上場企業に課せられるコーポレートガバナンスコードの中に人的資本に関する情報開示が盛り込まれました」
こうした情報開示の要請に応えるために、急遽人的資本経営について調べ始める企業が増えてきているという。ただしこうした対応は、単に社外のステークホルダーからの要請に応じて外面を整えるに過ぎず、中身が伴っていないことも多い。
島津氏も「改革の中身を伴っていなければ情報を開示する意味はありませんし、開示された情報を基に投資判断を行う投資家からもそうした指摘が多く聞かれます」と話す。
なお日本政府も現在、岸田内閣が「新しい資本主義」を実現するための重要施策の1つとして「人への投資」の抜本強化を打ち出しており、こうしたことも人的資本経営が注目される一因になっている。
内閣府において8月30日に「人への投資」に関する企業の情報開示の指針である「人的資本可視化指針」が発表された。経済産業省だけでなく日本政府全体としてもこうしたメッセージを強く発信していることから、人的資本経営への注目度は高まっていくものと見られる。
人的資本経営の実現を阻む「3つの課題」
経営戦略と人材戦略を密接に連携させ、「経営目標を達成するために人材に投資する」という観点から、従来の人材戦略を抜本的に改革する取り組みである。従ってこれを断行するに当たっては、さまざまな困難に直面することが予想される。
島津氏は、代表的な障壁や課題として「経営陣のコミット不足」「中堅層以上の社員からの反発」「人事部門のキャパシティ・能力不足」の3点を挙げる。
「経営陣のコミットが十分ではないという問題を解決するために、人材版伊藤レポート 2.0では『CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)』というポジションを設けることを提言しています。人事部長のように『人事部の代弁をする人』では明らかに役不足で、CEOと同じ経営目線に立って人材戦略について責任を負える立場の人材が必要です」
また日本企業に特有の傾向ともいえる「(長年各企業のカルチャーの中で生きてきた)中堅層以上の社員が変革に対して猛反発する」という課題については、社長自らが現場に降りていって社員と直接対話をしたり、変革に取り組んで成果を上げた社員を表彰するなど、経営トップが自ら強いメッセージを発して経営の“本気度”をアピールする必要があると同氏は説く。
さらに人事部門のキャパシティ・能力不足の問題を解決するには、まずは人事部門が自ら意識改革をし、管理部門から戦略構築部門へと役割を変えていく必要があるという。ただし、長年管理業務に特化して黙々と仕事を遂行してきた人事部門が、ここへ来ていきなり戦略構築部門へと脱皮を果たすのは、多くの場合非現実的かもしれない。
「そうした場合は、従来の管理部門としての人事とは別に、大胆な改革を進めていくための『攻めの人事組織』を新たに設けた方がいいかもしれません。そうやって“攻め”と“守り”の人事組織を明確に分ける企業が増えてきているように感じます」
【次ページ】日本企業は「人に投資しない」は本当か?
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