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- 2014/08/06 掲載
企業はWebサイト上に何を表示する必要がある? 利用規約の意味とは
法律がわかる起業物語:第6話
■登場人物紹介
神田友信
大手電機会社勤務の32歳独身。理系の大学を出て勤続10年、営業マン一筋でやってきたが、世界を変えるような商品を世の中に送り出したいと起業を決意。法律のことはよく分からないが、うまく会社を経営できるだろうか?
新堂由起子
友信と同期入社な同僚で法務部の叩き上げ。31歳。好きな食べ物はザッハトルテ。友信とは入社の頃から細く長く友人関係を続けており、起業の相談にも乗ってくれる。不思議と高い店によく行っているようだが…?
玉井真琴
友信が電車の中で出会った、発明が得意な謎の女子中学生。読書を趣味にしているようだ。「本を読んでいる間はおでこに貼っておける栞」という発明を、友信の会社で製品化することに同意してくれた。他にもまだ発明があるようだが……?
■前回のあらすじ
かつて発明家を夢見ていた営業マンの友信は、電車の中で見かけた女子中学生が持っていた自作の栞に衝撃を受け、その栞を製品化して世に送り出したい!……と、本気で起業を考え始めた。今日は、栞の製品化の許諾を得るため、契約書を持って女子中学生とカフェで会う約束だ。
現代の起業にはWebサイトも必要不可欠
寝不足になった週末が空けて、月曜日は朝からよく晴れていた。友信はそわそわとしたまま一日を過ごし、定時で会社を抜け出して、指定された喫茶店「カフェ・ブン・グーン」で女子中学生──玉井真琴と落ち合った。各駅しか停まらない駅の、申し訳程度のバスターミナルから一本入ったところにある、小ぢんまりとしたカフェだった。ステンドグラスの嵌められた扉を引いて店に入ると、木の香りが漂ってくる。アンティーク家具に囲まれた店内に、客の姿は一人しかなかった。
真琴は、奥の席にちょこんと座り、初めて電車の中で見たときと同じように、おでこに栞をはって、本を読んでいた。あの時と違うのは、今日は読んでいる文庫本にブックカバーがついている、ということだ。緑を基調とした縞模様のついた、ちょっと変わったブックカバーだった。
横まで歩み寄って、声をかける。
「どんな本を読んでるの?」
表紙を見られたくない本なのかな、と思い、少しイジワルに訊いてみる。
「○○○○○○○○ですよ。こんにちは」
……全く内容が分からない本だ。とりあえず、友信も「こんにちは」と返す。真琴は顔を上げて、本を通学鞄にしまった。
四人掛けのテーブル席の、隣の椅子に置いた鞄は、なにやら大きく膨らんでいる。あそこに、他の発明品が入っているのだろうか? 友信はすぐにも食いつきたいのを我慢して、向かいの椅子に座った。
「まだなにも頼んでいないんです」
と真琴が言いながら、古びたテーブルの上にメニューを広げる。言われるままに覗き込むと、コーヒーと紅茶それぞれに1ページ分のメニューがあった。普段スタンドでしかコーヒーを飲まない友信には、正直なにがなにやらよく分からなかったが、真琴が嬉しそうにオススメについて話してくれたので、「それにするよ」と答えておく。
いつのまにか初老のマスターがテーブルの横に立っていた。長いカタカナの名前を真琴が言うと、肯いて、店内の奥にあるカウンターの中に戻っていく。カウンターの前ではサイフォンがいくつも並んで、錬金術師の工房のようにコポコポと音を立てている。
「ええと」と友信は口火を切った。「じゃ、始めていいかな」
はい、と真琴はまっすぐに肯く。
Webサイト上の「利用規約」や「プライバシーポリシー」
友信はバッグから契約書を取り出し、真琴に手渡した。週末、由起子に相談した後、大急ぎで作った契約書だ。それと一緒にノートPCも出して、テーブルの上で起動した。契約書に加えてもう一つ、真琴に見せたいものがあるからだ。「すごい、本当に契約って感じですねぇ」
真琴は興味深そうに契約書を読み始める。友信はマスターが置いていった水のグラスに口を付けながら、その様子を横目で眺めた。自分が作った契約書を読まれるのは、仕事での営業とはどうも勝手が違って、ドキドキする。
契約書を矯めつ眇めつ読む真琴は、どこまでちゃんと分かっているだろうか──と思いながら、友信は今後のプランを説明した。
「この発明は、世界を変える発明だと思うんだ。まずは自前で生産を行って、パッケージは専門業者に外注する。商品を売ってくれる店を探して、あとそうだ、ネット上でも通信販売しようと思うんだ。ドメインはもう押さえてあってさ……」
そう言って、友信はノートPCの画面を真琴に見せる。
<株式会社シオリヤ>
ブラウザに表示されているサイトのロゴだ。
友信が寝不足だった理由の一つがこれだ。商標申請と並列で取得したドメインを使い、「株式会社シオリヤ」──友信がもうすぐ設立する会社のWebサイトを作っていたのだ。幸い、理系出身で電機メーカーに勤務していた友信は、Webサイト制作の基礎的なスキルは持っている。
「栞を置いてくれる店も探すけど、通販もしようと思うんだ。ネットを使えば全国のお客さんに栞を売れるからね」
「作るの早いですねぇ」
真琴はWebサイトをスクロールさせながら感心したように言う。
「あれっ」
「ど、どうしたの?」
突然彼女が上げた声に、友信は咄嗟に飛び上ってしまった。ひっくり返った自分の声を恥ずかしく思うが、真琴は気にした様子もなく、友信に向かって画面を指さした。
「普通、会社のサイトって、プライバシーポリシーとか、何とか法に基づく表示とか、そういうのが一番下にありますよね? このサイトにはないみたいですけど、それで良いんですか?」
「鋭いね……」
「実は……」
と、真琴は鞄の中に両手を突っ込んで、なにやらガサガサと弄りはじめた。椅子の上に置いた鞄は、友信からはよく見えないが、中でなにか探しているのだろうか。やがて真琴が取り出したのは、また本だった。ただし今度はビジネス書サイズで、さっきより大きめの本。しかし、ブックカバーはさっきと同じ、不思議な縞模様のカバーだ。
「栞を売るって言うから、ネット販売いいんじゃないかなと思って、図書館でこんなの借りてきたんですよ」
Webサービスと利用規約に関する本だった。友信は読んだことのない本だ。
「私は契約書読んでますから、もしよかったらその間に、どうぞ」
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
ちょうどマスターがカップをふたつ運んでくる。真琴のカップには、ラテアートでクローバーの形が描かれていた。その形を崩さないようにそっと飲み始める真琴を横目に、友信はページをめくり始めた。
【次ページ】 企業がWebサイト上に表示すべき情報とは
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