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- 2015/03/23 掲載
「取締役会」「監査役」に「使用人」──会社の機関設計や役職
法律がわかる起業物語 第10回
■登場人物紹介
神田友信
大手電機会社勤務の32歳独身。理系の大学を出て勤続10年、営業マン一筋でやってきたが、世界を変えるような商品を世の中に送り出したいと起業。法律のことはよく分からないが、うまく会社を経営できるだろうか?
新堂由起子
友信と同期入社な同僚で法務部の叩き上げ。31歳。好きな食べ物はザッハトルテ。友信とは入社の頃から細く長く友人関係を続けており、起業の相談にも乗ってくれる。不思議と高い店によく行っているようだが…?
新堂広美
由起子の妹。最近結婚して会社を辞め、フリーランスとして働きたいと考えている。前職の関係でウェブなどに強く、シオリヤのECサイトを制作。明るく元気な性格だが、天然なのがたまに傷だ。
玉井真琴
友信が電車の中で出会った、発明が得意な謎の女子中学生。読書を趣味にしているようだ。「本を読んでいる間はおでこに貼っておける栞」という発明を、友信の会社で製品化することに同意してくれた。他にもまだ発明があるようだが……?
■前回のあらすじ
かつて発明家を夢見ていた営業マンの友信は、電車の中で見かけた女子中学生が持っていた自作の栞に衝撃を受け、その栞を製品化して世に送り出したい!……と、起業を行った。栞の販売も好調なある日、声をかけてくれた投資家は、かつての同僚・由起子のお父さんだった。
投資家が会社に取締役を派遣する?
「お父さんだったんだけど!?」由紀子の姿を見つけるなり、開口一番、友信は思わずそう言っていた。
エスニックな雰囲気の店内は薄暗く、顔を上げた由紀子の表情はよく見えなかった。座敷状になったテーブル席で、由紀子は色鮮やかなグラスに挿したストローを啜っている。なにやら彫刻の施された丸テーブルの差し向かいに友信も腰を下ろすと、ようやく、不審げな目を向けてくる由紀子と視線が合う。
「……なにが?」
「シオリヤに投資してくれるって、井上から紹介してもらった人だよ」
「お父さん?」
「由紀子の」
2、3度ぱちぱちと目を瞬いて、由紀子は言った。
「あら、そうなの」
「そうなのって……」
「父と仕事の話なんかしないもの。ふうん、でも、そうだったの」
あまりにあっさりした様子に、友信もなんとなく勢いを削がれる。だが、びっくりさせられた意趣返しに、からかいのひとつでも言ってやらなければ気が済まない。
「由紀子って、社長令嬢だったんだな」
「やめてよ、令嬢ってなによ気持ち悪い。そんなことより、どうだったのよ、交渉は」
「そうだなあ……」
数日前。株式会社N-HALLで新堂社長と取締役に、シオリヤの商品のこと、会社のことなどひと通り改めて説明したあとで、友信は、このところ考えていたことを2人に話した。つまり、販売経路のことだ。シオリヤは現在、Webを介した少数販売しか行っていない。実店舗での販売にこぎつけていないのだ。
「そこをなんとかしたいと思っているんですが……」
「それなら、こういうのはどうだろう」
新堂社長は深く頷いて言った。
「うちの会社で物流にずっと関わってきた者を、君の会社に取締役として派遣することもできるよ」
会社法上の必置機関は株主総会と取締役だけ
そこで告げられた名前を、友信は由紀子に伝えた。「佐伯重光って人なんだけど、知ってる?」
「あ、佐伯さん? よく知ってるわ」
「そうなの?」
「プライベートでもお付き合いのある人なの。と言うか、ここ、佐伯さんに連れてきてもらって知った店よ」
意外だ。確かにいつもの由紀子の趣味ではないが……と思わず周りを見回す。天井の低い室内に色とりどりのランプが小さく灯る店内の雰囲気は、てっきり、女友達にでも教えてもらったのだろうと思っていた。
「そう、佐伯さんが……。友信君、『取締役』っていうものについては、分かってる?」
「たぶん……」
「取締役会」「代表取締役」といった言葉は非常に一般的だが、実は、「取締役会」「代表取締役」は、全ての会社に存在するものではない。会社法は、会社の組織形態について、非常に多くの選択肢を作っている。「必置機関」、つまり必ず置かなければならない機関(自然人の役職や会議体)は株主総会と取締役だけ。「取締役会」「代表取締役」、さらに「監査役」「監査役会」「会計監査人」といったその他の機関は、会社によって設置されていたりされていなかったりするのだ。
投資を入れる代わりに「役員」の選任を求めるケースは多い。
「役員」とは、会社法の規定する取締役等。株主によって選任される役職だ。ちなみに、ベンチャーなどに多い「執行役員」は、名前こそ似ているが別のものだ。会社の業務執行を行う重要な使用人(この意味は後述する)、という意味で付けられている役職名である。
「でも、自分の会社によく知らない人を役員として入れる、っていうのは、ちょっと怖いなぁ」
「佐伯さんなら大丈夫よ。信頼できる人だし、仕事もできるし」
「由紀子がそこまで言うなら、きっと良い人なんだろうけど……」
「何だったら今から呼んでみましょうか?」
「えええ!?」
友信が止める前に、由起子の手にはスマートフォンが握られていた。小さく響き始めた呼び出し音を聞きながら、友信は目を白黒させた。
親しげな様子で短く言葉を交わし、由紀子は友信をちらりと見て囁く。
「いらっしゃるって」
「本当に!?」
「お待ちしてますわ、佐伯のおじさま。……さて」
と電話を切った由紀子は、友信に向かって身を乗り出す。
「それまでに、もう少し説明しましょうか?」
「う、うん」
【次ページ】 代表取締役と取締役
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