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- 2014/03/03 掲載
「会社」と「個人事業」は何が違うのか──会社は税金的にお得って本当?
新連載:法律がわかる起業物語
■登場人物紹介
●神田 友信(かんだ とものぶ)
大手電機会社勤務の32歳独身。好きな食べ物はおでん。根は引っ込み思案だが、理系の大学を出て勤続10年、営業マン一筋でやってきた。しかし、子供の頃の夢は発明家であったことを最近よく思い出す。発明の道には進めなかった彼だが、世界を変えるような商品を世の中に送り出したいと考えて、起業について勉強しようと決意。会社の仕組みや法律のことはよく分からないが、一から勉強し、友達の力も借りて、うまく会社を経営していくことができるだろうか?
会社を辞めて事業を始めるなら
電車はゆっくりとホームに入ってきた。土曜の午後、郊外に向かう車内に、乗客はまばらだ。神田 友信は乗り込んだ車内を見回して、そういえば、通勤電車以外に乗るのはどのくらいぶりだろう、と考える。この10年、しゃかりきに働いてばかりで、休日に出かけるなんてめったにないことだった。シートに腰を下ろし、いつもよりラフなジャケット姿にいささか不釣り合いな革鞄を膝に乗せる。休日の外出、とは言っても、こんな時間に帰りの電車に乗り込んでいることからも明らかなように、ちっともレジャーめいた用件ではなかった。鞄の中には、もらってきた資料の束がしっかりと収められている。
今日、友信は「起業セミナー」に行ってきた帰りだった。
講義の内容を書き留めたノートを鞄から取り出す。聞かされた話を思い出そうと表紙を開いたとき、ブザーが響いて、電車のドアが閉まる直前に制服姿の女の子が飛び込んでくる。駆け込み乗車なのに急いた感じのしない軽い歩調で友信の斜め前の席まで進み、すとんと腰をおろした。
中学生くらいだろうか。友信の通っていた学校とは違う制服だったが、友信はぼんやりと、自分の中学時代を思い出した。あの頃、友信の夢は「発明家」だった。自分の発明で、世界を変えたかった。
理系の大学に進学し、自分では発明家にはなれないことに気がついた。しかしせめて世界を変えるような商品に関わる仕事をしたいと考えて、大手電機会社に入社した。それから、早10年。
(俺がやりたかったのは、電球を売る仕事ではなかったんだよな……)
たとえば自分が今、世界を変えるような商品に出会い、その商品を売る事業を始めるとして。
ぱらり、とノートの表紙をめくる。講師の声が耳に蘇ってきた。
そもそも、会社とは?
会社とは、「法人」であり人造人間である──とその講師は説明した。たとえば、Aさんの家にある電球はAさんが所有権を持つ所有物である。AさんがBさんに電球を売る売買契約を行った場合、BさんはAさんに対して電球を渡すよう求める権利を持ち、Aさんは電球を渡す義務を負う。そしてAさんはBさんにお金を求める権利を持つし、Bさんはお金を払う義務を負う。原則的に、このような「権利」「義務」を持てるのは人間だけだ。
「人間だけ」というのは、つまりたとえば「動物は権利義務を持てない(逆に動物は、人間に所有される対象である)」ということ。たとえば友信の飼い犬であるショコラとモカに対して、「この黒いリードはショコラの物で、モカの物ではない」と思っていたとしても、法的に言えばリードは友信の物で、ショコラやモカも友信の物である。
「会社」とは「法人」の一種であり、「法人」とは上記原則に対する例外だ。「法律によって人間とされる存在」というような意味で、つまり一種の人造人間である。本当は人ではないが、人と同じように権利義務を持つことができる。
電球の買取業者が「株式会社電球堂」といった「法人」である場合には、Aさんは株式会社電球堂に電球を売ることができるし、株式会社電球堂はその電球を所有し、他の個人に売ることができる。「Bさん」と同様、「株式会社電球堂」が人間のように扱われるのである。
事業を始めるとして……
たとえば材料を仕入れて製品に加工し、完成した製品を流通業者に販売する。そんな事業を、友信が行うとしよう。友信は、そんな事業を、会社を起業して行うこともできるし、個人として行うこともできる。つまり、友信の作った会社が材料仕入れや商品販売を行っても良いし、友信自身が行っても良い。では、会社(すなわち法人)と個人事業はどう違うのか?
法律が「法人」というシステムを作るそもそもの理由は、多数人が集まって事業を行うケースを想定するからだ。
たとえば仲間3人で製造業を立ち上げ、最初は個々人の家で作業を行っていたが、事業が拡大していき、いずれ専用のオフィス(不動産)を持つようになった……というケースを想定しよう。不動産には登記が必要で、そのオフィスが3人の共有なら、全員の共有財産として、全員の名前を連ねて登記することになる。そしてメンバーが増えたり入れ替わったりする度、登記をし直すことになる。
「株式会社電球堂」といった人造人間(法人)を作り、「店舗はこの人造人間の物」としておけば、全員の名前を連ねる必要はないし、メンバー変更時の修正も必要ない。
「でも」とセミナー会場で友信は手を挙げた。「日本には、『一人会社』も多いですよね?」
友信は今のところ、一緒に会社をやる仲間のあてはない。だから「一人会社」については少し予習をして行ったのだった。
「もちろんそうです」と講師はうなずいた。「『多数人が集まって事業を行うケースの問題を解決するため』以外の目的で、会社を作る人も多くいます」
【次ページ】 税金の話―「個人の財布」と「人造人間の財布」
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