『ダイヤモンド・ザイ』『ザイ・オンライン』 浜辺雅士氏インタビュー
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オンラインの可能性と市場主義のジャングル
――そうして雑誌ビジネスが機能しにくくなっていく一方で、『ザイ・オンライン』は2008年4月にスタートしてますよね。
浜辺氏■広告の話でいうと、クライアントも「紙だけでなくオンラインでも広告を出したい」というふうに変わってきました。でも、僕らはまだ自前のサイトを持っていなかったので、その広告が他所に流れちゃうわけですよ。それは悔しいじゃないですか(笑)。
だから、クライアントのニーズに応えるためにもオンラインで展開しなきゃいけないなと。しかしその一方で、書店では700円で売られている情報を、無料でWebにほいほい上げてしまってよいものかという迷いもありました。
実は創刊当初から、大手のポータルサイトから「ウチに『ザイ』のコンテンツください」みたいな話はしょっちゅう来てたんですけど、なにしろ単価が安くて、ちゃんと取材して面白い記事を書いてくれた人に十分なお金が落ちるシステムになっていない。そういうのもあって、Webに進出するのをずっと躊躇していたんですよ。
――ネットのビジネスモデルが悪い所で安止まりしちゃっている感がありますよね。だからWebの話に警戒感を持たれるというのはわかります。
浜辺氏■ただ、ユーザーの立場になってみると、紙の雑誌の企画は1か月も前に立てたものだったりするわけで、まあ情報が古いですよね。ここ1週間くらい世界の金融がおかしくなっていますけど(※この取材はアメリカ国債格下げから4日後の8月9日に行われた)、1か月前にそんなこと思ってました? って話ですよ。つまり雑誌では世界の動きに追いつかなくなってるから、役割を分ける必要があるなと。
だから紙の『ザイ』は、たとえば投資法。「こんな面白い投資法をしてる人がいるから会いにいこう」っていうのは、先週だろうが3か月前だろうがあんまり関係ないですよね。あるいはチャートの見方とか、ノウハウ関係も今と3年前とでそんなに変わらない。それから深い分析。世界はこれからどうなっていくのかっていうのは、もちろん情報が新しいに越したことはないけれど、主眼は大きな流れを読むことにありますから。
それに対して、「え、ロンドンで暴動?」みたいな、今すぐ知りたい! っていう情報はインターネット。でも、やっぱり本誌の情報をそのまま載せると失うものが大きいんじゃないかってビビってたんで、そこはちょっと外して、まずFXのサイト(『
ザイFX!』)を作ったんです。
――そうか、紙の『ザイ』のメインはあくまで「株」ですもんね。
浜辺氏■そう、株式投資を中心としたファイナンス全般(為替、住宅ローン、保険など)なんですよ。株っていうのは企業に投資するわけですけど、ある企業が1か月かそこらで急激に姿を変えるってことはありません。まあ、突然株価に影響する事実が出ちゃったりもしますけど、その企業の価値が5年後どうなってるかっていう視点で考えると、昨日今日で態度を変える必要はあんまりないんです。
でも、為替はそうはいかない。ドルもあればユーロもある。世界の経済とのバランスで目まぐるしく動きが変わるものだから、何よりスピードが大事。「今から30分でカタつける」みたいな、ことによれば数秒でカタをつけてる人もたくさんいます。だから1か月前の情報が役に立たない、月刊誌とは合わない世界なんです。だったら、相性のいいWebでやっちゃいましょうと。まあ、最初の1年間は大幅に赤字でございましたけど(笑)。
――それが軌道に乗って、現在の『ザイ・オンライン』につながるわけですね。何がウケたんだと思われますか?
浜辺氏■日本の新聞記者って、金融のことをあまり知らないんですよ。特に「個人投資家が何を欲しがっているか」という点においては、絶望的に弱い。自分たちが投資したことないからわかんないですよね。まあ、株についてはアカデミックな本もたくさん出てますし、そこはまだ多少理解があるんですけど、為替についてはまったくダメ。日経新聞の記者ですら、為替の取引をしてる人に向けて一切書いてないんですよね。要するに経済ニュースがめちゃめちゃ大雑把だから、夜中にアメリカの経済指標が発表されて「円高にいくのか円安にいくのか、どっちなの!?」っていうときに、何の役にも立たないんです。
でも、ウチではFX界の重要な識者さんたちがいろんなコラム書いていますから、これから為替がどう動くのだろうっていうときに、いくつかのビューは得られますよと。そういう個人投資家向けの情報を集約しているのが強みと言えます。実際、ここ数日はやたら閲覧数が伸びてましたよ(月刊平均ユニークユーザーが40万人のところ、8月は60万人を超えた)。まさに「動いている」ときだったので。
――そのコラムも、FXの敷居を下げようとする意図が感じられます。女性向けのもありますし、ガチの個人投資家以外の人にも、「ここからなら入れるんじゃないかな?」っていう入り口がいくつも用意されているような。
浜辺氏■為替って結局、みんなが好き勝手なことを言ってるんです。株の場合は、理論株価みたいな、議論の中心点があるのですけど、為替にはそれがないから。そこがまた面白いんですよ。書き手のみなさんそれぞれキャラがあって、その人と同じ見方をしていようがいまいが関係なく「あの人、今日はなんて言ってるのかな?」って覗きたくなる。
為替っていろんなやり方があるから、各々の投資家のニーズに応えられるような人選をしてるんです。データばっかり分析してる人もいれば、ホンモノの外資系ヘッジファンドでディーラーをやってた人もいる。国会議員もいれば、上海から5,000円握りしめて日本にやってきた中国人トレーダーもいる。
――『ザイ・オンライン』の今後についてどうお考えですか?
浜辺氏■1つは、それはもはやメディアではないのかもしれませんが、SNS的な方向性に面白い未開拓分野が残ってると考えていて、そちらに向けていくつか新サービスを考えています。自分で運営するのかFacebookに接続するのか、どうするのがいいかまだ模索中ですけど。
もう1つは「たこ壷」。ある狭いジャンルを掘り下げて、そのネタについて世界で一番詳しいWebになること。これを裏側のシステムとしては共通にして、少人数でたくさんのたこ壷を運営するという作戦が、今後のメディア運営に求められると思っています。たとえば「釣りの総合サイト」を考えるのではなく、「ヒラマサ」「マルイカ」「鮃」「一つテンヤ真鯛」など細分化したジャンルについてめちゃくちゃ深く作り込んで、双方向化しちゃうイメージです。それを束ねたら結果的に総合サイトになる感じ。
総合サイトのトップから降りてくるユーザーは実はあんまりいなくて、各々のたこ壷サイトが検索されて、直接グーグルからランディングされてる。そうなってないと総合ポータルの物量には勝てないし、またこうして別レイヤーで勝負すると案外簡単に勝てることもあるという経験を僕らはしています。
――ここ数年で、株や為替に対する日本人の認識はずいぶん変わってきたと思うのですが、コンテンツを提供する側としては、そういった変化をどう感じてらっしゃいますか?
浜辺氏■投資を取り巻く環境は凄くよくなってるんですよね。企業の情報開示も四半期が当たり前になってるし、それをインターネットで個人が素早く知ることもできる。商品も揃ってきてるし、証券会社の手数料とかもびっくりするぐらい安い。
だけど、肝心のマーケットをダメな人らが管理してるんです。つまり役人って、市場にモノを決められたくない、自分で市場を采配したい人たちなんで、邪魔をするわけですよ。そこが残念な感じですよね。世界の流れに逆行してる。
――インフラは整っているけれど、お上のご意向などに左右されてしまうと。
浜辺氏■大蔵省から始まって、日本の金融行政って30年くらいずっと失敗続きですよ。普通の民間企業だったら、失敗した人は出世できないじゃないですか。でも、その失敗した人が元財務官とか「ミスター円」とかいって偉そうに語っているわけです。自分たちが日本の金融をめちゃめちゃにしたくせに! 日銀にしたって、もう世界中の研究者が「日銀はどれだけ無能か」っていうのを研究するくらいの大失敗をしてますよ。
サブプライム問題のとき、「市場に委ねすぎるのはよくないよ」って議論はちょっとありましたけど、やっぱり世界は市場主義で回ってるんですよ。みんな行き過ぎをどう抑制するかっていう話をしてるのに、日本は「市場主義がよくないんだ!」って。そんな国どこにもありません。
――小泉・竹中の罪はうんぬん、みたいなところから始まりますもんね。
浜辺氏■小泉・竹中にも問題はあったかもしれないけれど、その時代が一番よかったんですよ。どう考えても。彼らは、既得権益をいまいちバラせなくて、中途半端な改革で終わったのがマズかった。だからといって改革前に戻してどうすんだ!? っていうね。小泉以後は、要するに官僚たちが必死で強烈に巻き返し中ってことなんですが、この方向性の目指すところは「日本全体の緩慢な死」です。既得権益を握った老人だけが助かって、未来は暗黒。
『ザイ』創刊には「1940年体制」が大きく関わっているとも言えるんですよね。1940年体制=国家社会主義体制が崩壊して、日本は否応なく市場主義に変わっていくから、そこでメディアの果たすべき役割は大きい。そう考えて『ザイ』を作ったものの、2011年になっても国家社会主義体制は意外にパワフルで、どうにも崩れそうにない……という部分は大いに読み違えました。労働法制が超社会主義的で、民間会社内のリストラがこんなに難しい国は他にありませんけど、民間でできないリストラを公務員に対してできるわけがないってことですよ。
日本のマスコミ(記者クラブメディア)もまた戦時体制の産物なんですけど、それが今でもしぶとく生き残ろうとあがいていて、そう簡単に壊れそうもないことが「3.11」でも鮮明になりましたよね。彼らは依然として、国家社会主義体制下にあるんです。
――団塊以上の世代にとっては、今までと同じ状態が続くほうがいいですからね。「ワシが死ぬまではこのまま行ってくれ」って本気で考えてるというか。しかも、そういう人たちは政治的にも力を持っていて。
浜辺氏■市場原理主義のジャングルに入りたくない気持ちはわかりますけど、日本だけガラパゴスであり続けることは無理だし、そのガラパゴスは一種のねずみ講だから、これを壊さないと若い世代は利用されるだけで終わっちゃいますよ。現在起きていることは団塊オヤジにとって都合のいい「緩慢な死」。僕ら以下の世代は「できるだけ緩慢になるように」こき使われてるだけなんです。
いわゆるマスコミ人は経済のことがよくわかってないんですけど、それは意図的に「知らしむべからず」の体制を維持するためにそうなっているのかもしれませんね。
――なんだかどんよりしちゃいましたね。
浜辺氏■ただね、昔と違って、今は自分で勉強すればなんでもできます。だから、「ジャングルは楽しいよ。しっかり勉強して繰り出そうぜ!」ってことが言いたいですね。たまにお上がアホみたいなことするんだけど、まあ、それもジャングルの猛獣の1つだと思えばね(笑)。
(取材・構成:須藤輝)
●浜辺雅士(はまべ・まさし)
『ダイヤモンド「株」データブック』編集部編集長、『ZAi online』Web編集部編集長。
『会社図鑑!』シリーズなど多くのヒット作を担当。その後、2000年3月『ダイヤモンド・ザイ』を創刊し、マネー誌のイメージを刷新した。現在も紙とデジタル双方で積極的にコンテンツ作りに携わっている。
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