- 2011/08/26 掲載
BOPの意味とBOP論の登場 : 【連載】多国籍企業のBOP戦略は発展途上国の貧困問題を解消できるか?(3/3)
プラハラードによるHLL社(Hindustan Lever Ltd)の事例と疑問点
S.HartとC.K.Praharad、2人の論点をユニリーバのインド子会社HLL(Hindustan Lever Ltd)の事例から見てみる。図1にチャート化されているように、HLLは、食品多国籍企業ユニリーバ(本社:イギリス・オランダ)のグローバルな経営資源(製造、マーケティング、流通チャネル、等)を活用。インド州政府の協力を得て、石鹸使用による学校での生徒や家庭、地域での手洗い推進キャンペーンを行い、低価格の衛生用石鹸を州全体に流通させることに成功している。これによって、とくに子どもの感染症による下痢性疾患の死亡が減少し、さらに医療コストを低減している。ここで注目すべき点は、インド政府、ケララ州政府および各種のNGO、国際機関、大学と幅広い提携のネットワークを構築することによって、各種のファンドの活用と現地に適合した知識を創出することに成功している点である。
HLLは、同社のインド全国約80の工場、同社専門の150の工場からなる中小規模のサプライヤー(従業員数3~4万人)、約7250の同社専門の仕入れ業者、卸売業者12000社、小規模小売業者・店舗所有者30万、人口2000人以上のすべての村での販売ネットワーク、村の女性の雇用による製品販売体制を構築し、ビジネス生態系モデルを確立している(Praharad;2005,127-128頁,304頁)。
HLLが、こうしたインドの貧困層にも入手可能な低価格の石鹸を製造、販売、流通させたことで、現地の社会的ニーズと雇用の創出に応えると同時に、多国籍企業ユニリーバは、より一層のブランドネームを獲得して、BOP層が中流層へと移行した際に創出される広大なマーケットをも入手することになった。
プラハラードをはじめとするBOP論者は、このように、多国籍企業のグローバルな資源と現地パートナーとの協力のもとに現地適応型の低価格製品の開発、製造、販売を通して、BOPに眠る膨大な市場を活性化させ、社会的ニーズと貧困層の解消にも貢献できることを主張する。
しかし、こうしたBOP論者の多国籍企業と発展途上国とのWin-Win論に対して、発展途上国の人たちから次のような疑問が生じてくる。これでは、発展途上国市場は上層から下層まで、先進国多国籍企業の本社を中心としたグローバルな開発、生産、販売ネットワーク下に置かれてしまうだけではないのか?発展途上国の自律的な産業基盤が確立しない状態のままでは、発展途上国から先進国に創出価値が移転する国際的メカニズムと基本的には同じであり、これでは果たして多くの農民やインフォーマル・セクターの人たちの自律的な経済基盤は本当に確立するのだろうか?プラハラードの視点は、あくまで、「先進国多国籍企業のグローバルな収益と時価総額最大化のためのBOP戦略」という視点からであって、発展途上国の人たちの視点とはいえないのではないのか?
たしかに、プラハラードの論点は、従来の経営学分野の研究教育に対する批判的視点を提示してはいるが、この論点からだけでは、上記の諸疑問を生じさせてしまい、かつ先進国経済と発展途上国経済との格差を解消しうる理論であるとは必ずしもいえない。他方、M.Yunus氏(2006年ノーベル平和賞受賞)は、上記BOP論とは別の視点から発展途上国の貧困解消に向けたビジネス・モデルを提起している。次回はこの点について言及していこう。
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