- 2009/10/05 掲載
【連載】ザ・コンサルティングノウハウ(11):生産性向上ノウハウ(2/2)
クリエーションを先行させる
岩崎は、例によって山口の目をまっすぐに見て、彼がこれまでの話を理解できているか確認した。「コンサルタントの生産性を向上させるコンサルティングノウハウは、まだあるぞ。3番目は、『クリエーションを先行させる』ことだ。コンサルタントは、『クリエーション』と『作業』という2つの異なる仕事をしている。『詰めきるまで動くな』の詰め切るのがクリエーション。作業とは、レポートを作ったり、クライアントの会議でしゃべることだ。クリエーションが終わると、メッセージが明確になる。さっきも言ったように、我々の成果物はメッセージだから、クリエーションが終われば、最悪の場合『作業』まで手が回らなくても、何とかクライアントにサービスを提供できる」
「もちろん、レポートが要らないと言うことではないですよね」
岩崎は、山口のつまらない質問を無視して続けた。
「ポイントは、クリエーションが、完了がいつか予測ができないという点だ。1日考えてもできなかったクリエーションが、眠りに着く前に突然できたりもする。だから、早め早めに自分がクリエーションすべきテーマを設定し、視点獲得、知識充実、考える執着心で答えを出す。クリエーションを作業に先行させておかないと、打ち合わせの前の日に、クリエーションとレポート作成作業を一緒に行うことになる。クリエーションが終わっていれば、レポート作成作業は、前の日でも当日の朝でもいい。しかし、クリエーションが終わっていないのなら、それを前の日に行うのは、自殺行為だ。作るレポート3枚は、1時間あれば完成するかもしれないが、そこに盛り込むメッセージが、1晩でできる保障はないからね。君は、クリエーションも一夜漬けしていないか」
「図星です」
山口は、あっさり認めた。岩崎は、厳しい目で山口を見ながら続けた。
「クリエーションすべきテーマは、そんなに数はない。重要なメッセージが100も200もあったら、クライアントが混乱してしまう。だから、自分のクリエーションすべきテーマは、常に暗記しておくか、手帳にメモしておき、時間がある限りクリエーションを行う。さっき僕が、いつも考えている。吐くほど考える。といったのは、このことだ。クリエーションは、1回考えて答えが出ても、それで満足してはいけない。可能な限り多面的な視点で、実行できるところまで何回も突き詰める。最低3回は「これだ」と言えるクリエーションを行うことだ。1度考えた時に抜けている視点を、その後で思いつくこともあるだろう。また、可能な限り多くの人に見てもらうことが重要だ。自分の抜けている視点を補完するためだ。さらに、クリエーションを、眠い目をこすりながら行うのは無理だ。時間に余裕をもって、しっかり考えなければならない。だから、早め早めにクリエーションのテーマを出し、余裕を持って何回も考え、他者から視点をもらい、顧客の意向を超える、必ず革新を果たすものを作る。そのためには、『クリエーションを先行させる』必要があるんだ」
「たとえばA社の場合、あとどのようなクリエーション・テーマが残っているんですか」
「その質問をすると、魂を悪魔に売り渡した気分だろう。それを考えるのは、君の仕事だからね。君にも解けるクリエーション・テーマを1つあげるなら、世界的なサービス基盤、つまり拠点や支援システムを、どのように早期に構築するかだ。アライアンスや企業買収は前提になるだろう。その場合、どこと組むか、相互にどのような価値を交換するか、どのようなリスクがありそれをどのようにコントロールするか…といったことを明らかにしなければならない。それから、君が準備に精を出している情報システム子会社B社だが、難波さんからの又聞きだと、いかにして利益を出すビジネス・モデルを作るかが、重要なクリエーション・テーマだろう。B社のいるシステム・インテグレータというビジネスは、実はいろいろなビジネス・モデルの事業の総称だからね。大手インテグレータに対する交渉力で安定的な下請け構造を作っている会社。システム開発の後の運用で、顧客に対する交渉力を高め、利益を上げている会社。儲ける仕組みが違うんだ。ビジネス・モデルに関わるリサーチは、むかし一緒にさんざんやっただろ。B社のビジネス・モデルを考える場合、親会社から得られる強みを、最大活用する視点が重要だろう」
山口は、岩崎が何件もプロジェクトを並行してこなせる理由がわかった。コンサルタントの負荷は、プロジェクトの数でも、作成すべきレポートの厚みでもない。同時に考えなければならないクリエーション・テーマの数と難易度なのだ。そしてクリエーション・テーマの1つ1つは、実にシンプルだ。これが、コンサルタントの頭脳の容量より小さければ、コンサルタントはいくらでも仕事ができる。
「仮説もなく考える。視点や事例充実をしない。突き詰めもしないで成果物を作る。クリエーションは一夜漬け。僕は、コンサルタント失格ですね」
山口は、少し投げやりに言った。山口は岩崎から、少しはなぐさめの言葉が聞きたかった。岩崎は、厳しい表情を崩さず、こう言った。
「コンサルタントの生産性を上げるコンサルティングノウハウよりも、もっと君が知るべきことがある。第1は、当社でコンサルタントの地位を上げる唯一の方法が、『クライアントの前でシニアに勝つこと』だということだ。僕はA社で今後力を抜かない。そこで君が、僕に一矢報いることができれば、君は1つ上のコンサルタント、つまりプロジェクトのリーダーになる道が開ける。僕に1つも勝てなければ、君は永遠に肩書きのないコンサルタントだ。プロジェクトのリーダーにはなれない。第2は、プロジェクトを、メンバーを使っていくつか並行してこなし、かつプロモーションも上手に行えなければ、永遠にシニアにはなれない。君にはチームを預けられないということだ」
この後、2人は黙ってABCコンサルティングまで帰った。オフィスに入ると、岩崎は山口を自分の部屋に呼んだ。部屋に入るなり、岩崎はB社プロモーションのためのアドバイスを始めた。
「プロモーションにも、多くのコンサルティングノウハウが必要だ。まず第1は、最初にクライアントを訪問する時から、そのプロジェクトの最終報告の仮説を持っていなければならないことだ。最初は、クライアントの情報が少ないから、多くの仮説がいる。そしてプロジェクトが受注でき、進んでいく中で、だんだん仮説が絞り込まれ、充実し、検証され、革新策となる。B社社長の悩み、答えとしてのB社戦略、意思決定課題、メッセージ、ファクトは、最初から10個は用意しておけ。難波さんのレビューは、厳しいぞ」
「そのつもりです。仮説の材料も、蓄積しています」
「もう1つは、クライアントの意向を越えることだ。クライアントにわからないことを解決するコンサルタントは、たとえ最初に会った時でもクライアントの思いもよらない視点で、驚くような革新の可能性を示せなければ、その先はない」
「意向を越えるとは、たとえばどういうことですか」
「たとえば、化学メーカーが新規事業のテーマ設定で相談があるとする。企画担当役員が相手で、彼は新規事業の企画を社長に持っていった。すると社長は、もっと他に魅力的なテーマはないのかと言った。そこで君に相談したというわけだ。君なら、どのようにクライアントの意向を越えるかい」
「バイオ、エネルギー、介護、…」
「そんなことは、クライアントですでに検討しているだろ。クライアントと同じ視点ではだめだ。目の前に壁があり、越えられないと言っている人がいる。同じ場所から壁を眺めたって、答えは出ないだろう。少し高いところから眺めると、壁の端の方に穴が開いているのが見えるかもしれない」
「岩崎さんなら、どうします」
「たとえば、新規事業のテーマ候補を300出し、それを絞り込むと言う。クライアントは、10や20のテーマから絞り込んで答えを出し、社長に却下されたと想定する。それなら、300徹底的に出して、その後しかるべき評価によって絞りこめば、社長も満足だろうという仮説だ。僕の言いたいことはわかったかい」
山口はうなずいた。
「君は、それなりにコンサルティングノウハウを修得してきている。自信を持ってがんばれ。A社もB社もだ。達成水準の厳しさを忘れるな」
岩崎はそれだけ言うと、さっさと自分の仕事を始めた。山口は、岩崎に一礼して、彼の部屋を出た。山口は自分の席に戻ると、手帳に大きな字で、次のように書いた。
※クリックで拡大 |
図2:クリエーションを先行するべき重点テーマとクリエーションの方法 |
≪次回へつづく≫
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(撮影:郡川正次)
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