【連載】現役サプライチェイナーが読み解く経済ニュース
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「需要予測」という言葉を聞くと、ビジネスにおけるSCM(サプライチェーンマネジメント)やマーケティング、もしくは石油の需要見通しなどを思い浮かべる方が多いと思います。しかし、需要の対象は非常に幅広く、実は社会の中でさまざまな価値を生んでいます。私が担当した
1回目の記事では鉄道のダイヤ組みにおける需要予測を紹介しました。今回は2021年に川崎市消防局が公募した事例を基に、需要予測の社会的な価値を考えてみましょう。
救急隊の到着「1分でも早く」
救急隊の人数や車両には限りがあり、一部の地域で救急の要請が重なると、現場に到着するまでの時間が長くなってしまいます。今の時期であれば日中での熱中症が多いでしょうし、新型コロナウイルス感染の波のピークと重なれば、救急の要請が膨れ上がることが予測できます。
短時間に特定地域で救急需要が集中することで、救急要請の通報から救急隊の現場到着までの時間が長くなってしまいます。事実、川崎市消防局によると、2017年から2020年までの平均到着時間は右肩上がりで上昇しています。
全国的にみても平均到着時間は増加傾向にありますが、救命救急は時間との勝負となります。重大傷病の経過時間と死亡率の関係を表す
カーラーの救命曲線によると、心臓停止後3分、呼吸停止後10分、多量出血後30分で、いずれも死亡率は50%に上ります。
1分でも早く現場に到着することが命を救うことにつながるのです。そのため、救急とはいえ、ある程度の精度で発生を予測し、救急隊を配備しておくことが社会的に大きな意味を持つのです。
そこで川崎市の消防局は2021年、救急需要の予測精度を高めるため、
AIを使った提案を公募しました。この取り組みを通して、現場到着時間を現状の9分から8分に短縮することを目標としています。
救急隊の適正配置に“超重要な”需要予測
ビジネスでも
需要予測によって製品の在庫を適切に用意できれば、顧客が欲しいと思った時に提供することができます。サービスも同様で、そのための設備や人員を用意できていれば、顧客を待たせずに体験価値を高めることができます。
消防であれば人の命に関わるため、供給サイドの予備、つまりは救急隊の人数や車両数を余分に構えることによって、需要のピークに備えておくべきだと考える方も多いでしょう。しかし救急隊もプロフェッショナルであり、教育には一定の時間がかかる上、簡単に人数を増やすことができません。そのため、全地域で十分な余裕を持って救急隊をそろえておくといった対応は現実的ではないのです。
そのため、地域ごとの救急需要を予測することで、時間や天候などによる影響を考慮しながら、どのエリアに重点的に救急隊を配備しておくべきかを決めることが極めて重要になるのです(図1)。
こうした地域別の需要予測に合わせ、供給サイドのキャパシティーを適切に準備しておくという考えが非常に重要になっています。たとえば日本の物流です。この場合の需要予測の対象は物量です。「
2024年問題」とも呼ばれますが、トラックドライバーの残業規制がいよいよ適正化されるため、ドライバー不足の懸念が以前から指摘されています。
そこで、業界を越えて輸配送のアセットや物流拠点をシェアする「
フィジカルインターネット」が提唱され始めています。実現にはまだ時間がかかる見通しとはいえ、いずれは地域別の物量予測が極めて重要な課題になってくるでしょう。
これは、構造的には消防における救急隊の配備と同じです。川崎市は一足先に、地域別の需要予測と供給キャパシティーの適切な配備の課題に取り組んでいると言えます。本連載で取り上げたスーパーマーケット「フレッセイ」の
事例で述べた通り、こうした細かなセグメントにおける需要予測では「エッジ・フォーキャスティング」(著書「
すごい需要予測」より引用)の考え方が有効になります。そしてそれを支えるのが、AIだと考えています。
細かなセグメント、つまり特定地域のある時間帯といったバケットになると、たとえばその時間帯の気温や大規模なイベントの有無など、需要の因果関係がより複雑になるからです。
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