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気候変動に温室効果ガスが与える影響が、年を追うごとに大きくなっています。CO2の人為的排出源の1つである自動車は、2050年ごろまでをめどにカーボンニュートラルなモビリティーに生まれ変わらねばなりません。メーカーは、エンジンや燃料タンクを捨て、モーターとバッテリーで動く電気自動車(EV)などの製造・販売へシフトを急いでいますが、それは事業全域に及ぶ変革「グリーントランスフォーメーション」(GX)を伴う大手術です。
GXはもはや避けられない
昨今の状況を鑑みると、「地球は温暖化が引き起こす気候変動で、いつか大変なことになる」と予測されていたころに懐かしさすら感じます。今やその影響は明白で、地球上で気候変動による被害を直接的・間接的に被っている人は何億人にも上るはずです。
干ばつや火災・洪水・海面上昇で住む場所を失う人、影響を受けた農作物の高騰で大きな損失を余儀なくされる企業、そして物価上昇にあえぐわれわれ生活者。居場所を失った人が大量に移動すれば、国家間の火種にも発展します。地球の裏側でネットニュースを見て「関係ない」と高をくくっていた人も、地政学リスクで相場が崩れて損切りを迫られる。もはやまったく影響を受けていない、という人を探す方が困難かもしれません。
化石燃料で動くこれまでのモビリティーは、大きな温室効果ガスの発生源です。2019年度における日本のCO2排出量は11億800万トン。そのうち、運輸部門からの排出量は2億600万トンで、全体の18.6%を占めています。それだけに、2050年ごろまでの達成を目指すカーボンニュートラル(事実上のCO2排出量ゼロ)に向けて自動車をゼロエミッション(排気ガスゼロ)にすることは、大きな意味があります(数値は国土交通省HPより)。
ただ、カーボンニュートラルのために、と言っても、自動車メーカーがゼロエミッションビークル(ZEV)の代表格であるEVや燃料電池車(FCEV)を主軸にするのはそう簡単ではありません。実現には痛みを伴う改革「グリーントランスフォーメーション」(GX)が必須です。
なぜなら、これまでエンジン車を開発・部品調達・製造・販売していた体制を、モーターで動く自動車をつくるものにしなければならないからです。人材の雇用・育成はもちろん、開発体制、生産設備、製造、宣伝、販売、修理などすべてのプロセスで見直しが必要になり、調達する部品も大幅に変わるため、サプライチェーンの再構築も必要です。そのいばらの道に、日系自動車メーカーの先陣を切って挑むのがホンダです。
ホンダが歩むGXといういばらの道
2021年4月23日、ホンダの三部敏宏社長が「先進国全体でのEV、FCVの販売比率を2030年に40%、2035年には80%、そして2040年には、グローバルで100%にする」と自身の就任会見で宣言し、世界を驚かせました。
その後8月初旬には、55歳以上の社員を対象にした早期退職者募集を実施、これに2000人超が応募したことが報じられました(国内正社員の5%に相当)。これによって、ZEVメーカー化に向けた本格的な人材の世代交代に着手したことを印象付けました(出典:日本経済新聞電子版)。70年代初頭に厳しい排ガス規制「マスキー法」を初めてクリアした「シビック」を発売して北米市場をエコカーで席捲した、ホンダならではの決断と言えます。
この希望退職者募集に先立って、同社はF1からの撤退も公表しています。これも一連の動きです。今後自社の製造する自動車をZEVに絞るというメーカーが、エンジン車の最高峰レースに出ているわけにはいきません。F1での活躍を知るホンダファンには寂しい話ですが、過去の栄光に執着せず、企業としての決意を示したのです。社内外でF1に関わる人員は相当数に上るはずです。今回募った希望退職者の中には、F1に関わる人員も含まれているでしょう。
こうしてホンダは、これまでの延長線上ではない道へと、岐路で大きく経営者自らハンドルを切ったのです。これこそまさにGXそのものです。
今後の動向に注目したいと思いますが、この勇気ある決断は今後顧客の記憶に残り、ブランドロイヤルティ醸成に大きな影響を及ぼすはずです。昨今注目されるESG(環境・社会性・企業統治)の視点からいっても、投資家のホンダに対する期待値は高まり、GXに向けた莫大なコストの原資となる資金の調達に対して、ポジティブに働くはずです。
以前、グローバルシェアトップのオイルシールメーカーを取材したことがあります。エンジンに欠かせない部品を製造する同社は、モビリティーが今後ZEVへ移行すれば、主要製品の多くは不要になるとして、数年前から部署を新設して新規事業開発に取り組んでいました。そうした企業は数多いと思いますが、まさに“その時”がやってきたことを、ホンダの行動が明示しました。
ただ、HEVでエコカーをリードしてきたトヨタには、ホンダとは別の判断があります。
カーボンニュートラル時代のトヨタの動きは
日本はこれまで、エコカー先進国としての存在感を世界にとどろかせてきました。それをけん引してきたのは、間違いなくトヨタのHEVです。
1997年のCOP3(地球温暖化防止京都会議)に合わせるように、世界初の市販HEVとなるプリウスを発売。当初こそ、「遅い」「パッケージが使いづらい」「価格が高い」などの声もありましたが、世代を重ねるごとに進化を遂げ、専用車種だけではなくハリアーやカローラなど、既存の人気車種にもハイブリッド仕様が設定されるようになって、すっかり市民権を得ました。
プリウスの燃費は、最新の第4世代ではJC08モードで40km/Lに達し(初代は10・15モード燃費で28.0km/L)、トヨタの欧州部門の発表によると、HEVを中心とした電動車の世界累計販売台数は1500万台にも到達したといいます(出典:レスポンス)。HEVはユーザーの低燃費志向にも合致して“売れるクルマ”になり他社も追随、大きなマーケットになりました。
もはやガソリン車との比較で優位性を語る時代は終わり、次はカーボンニュートラル時代の「現実解」として、新たな価値を生み出す時がきました。
【次ページ】CAFE方式で真価、トヨタが描くHEV戦略
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