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新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、あらゆる場面でデジタル化が急速に進んでいる。コロナ以前から進められてきたデジタル化推進策も新たな動きを見せている。以前から、日本政府はデジタル化が進んだ未来社会構想「Society 5.0」を提唱してきた。経済産業省は2021年2月19日、Society5.0に求められる新たなガバナンスの考え方を提示し、「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2:アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」の報告書(案)を作成した。現在は、パブリックコメントを受け付けている。報告書の内容を踏まえ、Society5.0実現に向けたアジャイル・ガバナンスについて、詳しく解説していこう。
「アジャイル・ガバナンス」とは何か
アジャイル・ガバナンスとは、常に周囲の環境変化を踏まえてゴールやシステムをアップデートしていくガバナンスモデルである。経済産業省の「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」での議論をまとめた報告書「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2」において、提唱されたモデルであり、この報告書での正式な定義は以下の通りだ。
政府、企業、個人・コミュニティといったさまざまなステークホルダーが、自らの置かれた社会的状況を継続的に分析し、目指すゴールを設定した上で、それを実現するためのシステムや法規制、市場、インフラといったさまざまなガバナンスシステムをデザインし、その結果を対話に基づき継続的に評価し改善していくモデル
「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2」報告書では、日本が提唱する未来社会のコンセプト「Society5.0」の目指すべきガバナンスモデルとしてアジャイル・ガバナンスを提示している。それは、さまざまな社会システムにおける「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていくというものだ。
ガバナンスは、社会のさまざまな層で実施される。実社会のガバナンスでは、これらの個々のガバナンスメカニズムが折り重なり、相互に影響し合うことで成立している。そのイメージを図示すると、以下のようになる。
さまざまなガバナンスモデルが相互に関連していく中で、社会全体においてゴールを達成していくためには「どの部分を、どのガバナンスメカニズム(層)によってガバナンスしていくか」という「ガバナンスのガバナンス(ガバナンス・オブ・ガバナンス)」も必要となる。
「アジャイル・ガバナンス」が必要な「Society5.0」
そもそもアジャイル・ガバナンスはなぜ必要なのか。まずはアジャイル・ガバナンスが必要とる日本の未来社会のコンセプト「Society5.0」を確認しておこう。
Society5.0とは、AIやIoT、ビッグデータなどサイバー空間とフィジカル空間が高度に融合するシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する「人間中心の社会」を実現しようというもの。内閣府によると、Society 5.0は、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指すとされている。
その実現には、社会全体でのガバナンスの再設計、つまり「課題解決を目指すゴールに着目し、マルチステークホルダーによる水平型のガバナンスモデルの構築」が重要だと指摘されている。
こうした問題意識から、2019年6月に日本が主催した「G20 貿易・デジタル経済大臣会合」の閣僚声明では、デジタル技術やその社会実装による社会の変化に合わせた「ガバナンス・イノベーション」の必要性が盛り込まれた。
これを踏まえ、経済産業省に「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」が設置された。同検討会は2020年7月に「GOVERNANCE INNOVATION:Society5.0の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」報告書を公表。同報告書には、ゴールベースの法規制や企業による説明責任の重視、インセンティブを重視したエンフォースメントなど、横断的かつマルチステークホルダーによるガバナンスの在り方が描かれた。
Society5.0は、これまでのフィジカル空間を中心とする世界とは大きく異なるため、その課題解決に向けては「既存の制度枠組の中で、逐次的に改正するのではなく、企業や法規制、市場といった既存のガバナンスメカニズムを根本から見直す」ことが求められる。
しかし、ガバナンスモデルの根本的な改革については、幾つかの課題も浮き彫りとなってきた。プライバシーやシステムの安全性・透明性、責任の分配、サイバーセキュリティなど多岐にわたっている。
今回解説する「GOVERNANCE INNOVATION Ver.2:アジャイル・ガバナンスのデザインと実装に向けて」報告書(案)は、第1弾報告書の成果を踏まえつつ、Society5.0におけるガバナンスの基本となる「アジャイル・ガバナンス」の考え方を提示している。
全体で4章構成となっており、「Society5.0を実現するためのガバナンスの必要性(第1章)」「Society5.0を構成するサイバー・フィジカルシステム(CPS)の特徴と課題(第2章)」「 Society5.0におけるガバナンスのゴール(第3章)」「アジャイル・ガバナンスのデザイン(第4章)」を各章のテーマとして、社会全体のガバナンス改革のグランドデザインを示そうとするものだ。
アジャイル・ガバナンスが適用される「CPS」
アジャイル・ガバナンスが適用されるシステムをどのように想定しているのか。
Society5.0は、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合する多様かつ複雑なシステム「サイバー・フィジカルシステム(CPS)」の上で構成される。CPSは「大規模で広範囲、多種類のデータ収集」「高度なデータ分析」などの機能を持つ。また、「さまざまなシステムの接続」「地理的制約や業種の壁を超える拡張性」、「フィジカル空間への作用」などの特徴があると定義されている。
ただ、CPSの実装にも課題が指摘されている。たとえば、大規模・広範囲・多種類のデータ収集では、プライバシーや営業秘密に対するリスクへの対応、流通するデータの正確性や信頼性をどのように確保するかなどの点が挙げられる。
また、社会の変化が高速化・複雑化することでリスク予測や統制が困難になるとも指摘されている。CPSの実装によってさまざまな変化が生じる可能性がある。
GOVERNANCE INNOVATION Ver.2報告書(案)では、これまでの社会(Society4,0)と比較して、CPSの上で成り立つSociety5.0の特徴を整理している。Society5.0では、取得できるデータが大規模・広範囲にわたり、システムの状態変化は流動的であり、判断の主体はAI・システムの影響が大きくなるという。
これまでは「あらかじめ設定された一定のルールや手順に従うことでガバナンスの目的が達成される」という従来のガバナンスモデルが適用されてきた。しかし、継続的に状態が変化する社会においては、その適用は困難になっている。
Society5.0では、従来のガバナンスモデルに代わる新たなアプローチが求められる。それは、「基本的人権」「公正競争」「民主主義」「環境保護」といった一定の「ゴール」をステークホルダーで共有し、そのゴールに向けて柔軟かつ臨機応変なガバナンスを実施するというものだ。
変化する「ゴール」を常に見直し、複数の相反する「ゴール」のトレードオフに関する最適解を常に探求し、それを達成し続けるためのガバナンスの在り方の検討が必要となっている。
【次ページ】アジャイル・ガバナンスとSociety5.0での企業ガバナンス
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