連載:中国への架け橋 from BillionBeats
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2008年、北京オリンピックにあわせて北京首都国際空港ターミナル3、通称T3が開業した。ゆったりと遠くまで天空のように弧を描く高い天井とダイナミックな空間のスケール。イギリス人の世界的建築家ノーマン=フォスターによる設計は、龍をイメージしたといわれる。中国が国の威信をかけて建設したこの空港は、しかしこの10年で飽和状態となり遅延が問題化していた。そして2019年9月、北京市に4つめの国際空港が開業した。筆者は10月、北京を拠点とする建築家とともに“第4の空港”北京大興国際空港を訪ねた。
聞き手:三宅玲子+BillionBeats
三宅玲子 [ノンフィクションライター] (Reiko Miyake)
ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルプロジェクト「BillionBeats」(http://billion-beats.com/)運営。
2009〜14年北京在住。「人物と世の中」をテーマに取材。
本連載は、パートナーの西村友作(対外経済貿易大学教授)、大内昭典(投資会社勤務)をはじめ、BillionBeatsに寄稿する中国在住の各分野の専門家が、一般報道とはひと味違う切り口から持ち回りで執筆。
こんなに遠い空港、誰が使うのか
新しい空港は場所からして勝手が違う。既存の3つの空港が市の中心部から北東へ25キロのエリアに集められていたのに対し、南へ46キロも下る。
「北京市内の人口が飽和状態になって、周辺地域の開発が進められてきましたが、南はまだ開発に手がつけられたかどうかという段階ですからね。こんな遠くに空港をつくって、みんな利用するのかなあ」
藤井 洋子さんが首をかしげた。藤井さんは北京を拠点に活動する建築家だ。中国でのキャリアは2004年、迫 慶一郎氏率いるSAKO建築設計工社から始まった。迫氏は建築デザインへのニーズが高まる中国・北京で2004年に事務所を設立以後、建築フロンティアを開拓した日本人建築家のパイオニアである。藤井さんは5年前に独立してパートナーと共に B.L.U.E. 建築設計事務所を創業した。SAKO事務所時代には、地方政府を施主とする公共建築や大型集合住宅のプロジェクトなどを担当。現在は中国内外で商業建築、個人住宅、ホテルのリノベーションなどを行う。
中国の建築事情をよく知る藤井さんに新空港について解説をしてもらおうと、私たちはタクシーに乗り込んだ。
タクシーは環状道路を20キロほど南へ下ったところで、空港に直結する高速道路に入った。ところが、空港が開業してまだ日が浅く、運航を開始している航空会社は2社にとどまっているからだろう、道路はガラガラ、前方を走る車は1台もない。道路の両脇に広がる平原に建物はまばらだ。
「この空港、使う人、増えますかね……」
藤井さんがますます懐疑的な顔になった。
車は空港の最上階、国際線出発ロビーのある4階の車寄せへと滑り込んだ。
メインホールは地上4階、地下1階の5層からなる。最上階から順に、国際線出発、国内線セルフチェックイン、国内線到着、国際線到着、そして地下鉄直結のフロアだ。
大きなアーチのような庇(ひさし)が出っ張った外見は、T3と印象が重なる。上空から撮った写真や図面を見ると、1つの中心空間から5つの方角にコンコースが伸びている。新空港が「ヒトデ」と称されていることに納得が行った。
30万平方メートルの広大な敷地は、周辺交通網整備に3,000億元強、空港建設に1,167億元、合計約4500億元(約7兆円)をかけて開発された。建物の延べ床面積は140万平方メートルに及ぶ。
北京市は2022年に冬季オリンピックを控える。この空港はT3とともに空の玄関として機能することになる。2025年には7,200万人の利用者を見込んでいる。
この新空港をハブ空港とするのは、中国国際航空、中国南方航空、中国東方航空。そのほかにも海外の航空会社50社ほどが北京発着便の全部、あるいは一部を移動する。また、中国国際航空は新空港の1割を使用する。
曲線の女王の迫力
国際線出発フロアは、全面ガラス張りの壁面からの自然光があるため、照明はともされていない。
空港のような広い空間では天井をいかに見せるかが大事だというが、ゆったりとしたカーブがうねるように天井から壁面へとなだれ込む。天井を覆うルーバーの細い線の重なりが優美な曲線を描いている。
「このルーバー、見てください」
藤井さんが天井を指さした。
「左右対称に使用されているものを除くと、1枚として同じ形はないと思います。微妙に形の違うルーバーによって、この緩やかなカーブが実現しています」
優美だがダイナミックな曲線が強烈なインパクトを持って迫るこの空港を設計したのは、ザハ=ハディド。その3Dを使った建築デザインに建築技術が追いつかず、「建てられない」時期が長く続いた。そのため建築家の間では尊敬を込めて「アンビルドの女王」と呼ばれた。建築技術が進化し、デザインが実現するようになってからは「曲線の女王」になった。
ザハ=ハディドの美しいカーブを描いた建築が初めて北京に姿を現したのは2012年。北京市東部のビジネス街、朝陽門のギャラクシーSOHOという複合施設だ。中国を代表する民間ディベロッパー、SOHOチャイナの女性創業者ジャンシンはザハを多くのプロジェクトで指名し、その結果、中国人はザハの美しい建築物に親しむ恩恵を受けることとなった。
だが、今回のプロジェクトはスケールのレベルが違う。
国際コンペでザハが選ばれたのは2011年。2014年に施工開始、予定通り2019年9月に一部開業した。開業に合わせて新しく空港線(地下鉄)も整備された。空港は年内にはフル稼働となる。
4本もの滑走路を備えた空港は世界でも類を見ないというが、巨大でありながら空港内移動距離をコンパクトにまとめてあるのがこの空港の強みの1つだ。チェックイン(もちろんスマホでのチェックインが可能)して出国したあと、搭乗ゲートまでわずか600メートル。
私たちの立つ国際線出発フロアを最上階に設けるメインホールを中心に、5つのコンコースが放射状に伸びる(当面使用されるのは4本)。上空から見ると「ヒトデ」「星型」に見えるのはそのためだ。
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