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フェロー、最高技術責任者(CTO)の高い業績の背景には、独自の考え方や思考・行動の原則がある。そして、これらのノウハウには、企業の創造力やイノベーション力を高めるパワーや日本を元気にするヒントがある──。フェロー、CTOに自らのノウハウを語ってもらう本連載。今回は、三井化学の研究部門を率いる松尾 英喜氏に、研究者の視野を拡げ新たな発想のきっかけを作る上で必要なマネジメントや、同社が展開している外部との交流イベントなどについて話を聞いた。
研究者の「きっちりした考え方」に感銘を受けた新人時代
(アクト・コンサルティング 野間 彰氏)──最初に松尾さんのお仕事の経歴を、簡単にお聞かせください。
松尾 英喜氏(以下、松尾氏):1982年に、三井東圧化学(1997年に三井石油化学工業と合併、現在は三井化学)に入社しました。プロセスエンジニアとして製造現場に配属されたのですが、そこで色々な経験をさせてもらいました。
特に研究開発という分野では、研究職と組んでさまざまなプロセス開発を手がけました。新しいプロセス開発やコストダウンのためのプロセス改良、あるいは誘導体の開発や事業化など、人手が少なかったこともあって、実に多彩な仕事を受け持つことができました。
この経験を通じて「研究者というのはすごいな」と肌身で感じ、いつしかリスペクトするようになっていました。私はどちらかというと「これくらいでいいや」という性格なのですが、研究職の人というのは非常にきっちりとして、研究で得られたものを必ず成果につなげていこうとする。考え方も仕事の仕方もずいぶん勉強させていただきました。
──そうした研究者の「きっちり、しっかり」したところを感じた、具体的な例を教えていただけますか。
松尾氏:「データに関して、明確な理論づけを行う」姿勢ですね。というのも、研究して結果を出すまではよいのですが、それを業務に応用するには、製品への展開も含めたしっかりとした理論づけがないと、当然、経営陣や製造部門、営業部門などからOKが出ません。だからこそ研究職は、日頃から徹底的に基礎研究を固め、わからないことは実際に実験して、その上で製品化のプロセスをどう展開するか説明できるように努力しているのです。
──松尾さんもエンジニアとして、研究者のそういう考え方を尊重されていたのですね。
松尾氏:研究段階で一定の結果が出ても、開発や製造の現場では何が起こるか実際にやってみないとわかりません。色々な変化や外乱があった時に、通り一遍のプロセスは成り立たなくなる。前もってしっかりとした理論づけをしないと、変動に対応できないのです。私もプロセスエンジニアとしてそういう場面に何度も遭遇して、基本的な取り組みがいかに大切かを痛感させられました。
現場は「運・鈍・根」、管理職は「イワシを追うサバ」
──その後、海外勤務でシンガポールや上海を回り、2009年に本社勤務になられました。海外では、国内とはまた異なった経験をされたと思います。
松尾氏:中国で、あるプラントのプロジェクトを手がけた時です。中国の国営企業とのジョイントベンチャーでしたが、当時はまだ日本に対する理解が少なく、繰り返し交渉・提案を重ねても、なかなか前に進まず悩んでいました。その時ふと、学生時代の恩師に言われた「運・鈍・根」という言葉を思い出したのです。これが難関を乗り切るヒントになりました。
まず「運」は、与えられた仕事や開発テーマを、これを自分がやらせてもらっているのはラッキーだ、運がいいんだと前向きに思うこと。2つ目の「鈍」は、多少のことに動じないと同時に、ぶれない=自分の信念を曲げないことです。中国の人との交渉では、前回と違うことを言うと、そこを突っ込まれてしまいます。だからこそ、信念を持ってぶれずに説得し続けることが大事なのです。そして、最後は「根」。「運」と「鈍」ができたら、あとはもうとにかく根気を持って頑張るしかないと(笑)
そうやって自分を奮い立たせて取り組んだおかげで、本当に苦しいプロジェクトでしたが、最後はお互いに手をつないでゴールすることができました。今会うと彼らは、「最初に井戸を掘った人は大切にする」、「昔の貴方たちの苦労を思いながら、今の人たちは水を飲む」と言ってくれますし、そのプロジェクトは今日も続いています。
──与えられたものに感謝するのが「運」とのことですが、自分の創意工夫や提案を前向きに盛り込んでいくことも含まれますか。
松尾氏:ミッションを納得して受け入れることと創意工夫は、両方ないとダメです。まず、会社に与えられたミッションをよく理解する。その中で自分なりにプロジェクトのテーマや価値をしっかりと考えていく。その両方がないとなかなかうまくいかないのかもしれません。
中国のプロジェクトで言えば、基本的には中国という新しい大きな市場に出て行くという会社の方針がありました。その中で私自身は、三井化学という技術を中国の人たちに評価してもらうことがテーマだと考えました。その上で、アジアの中で連携しながらグローバルに展開していくための1つの拠点にしよう、という気持ちがあった。だからこそ、ぶれずに、根気よく遂行できました。
ミッションは会社から与えられますが、やり方は会社だってわかっていないので、自分で考えなくてはいけません。研究開発も同じで、結果や目標はあっても、どういうふうにそこにつなげていくかというプロセスは、手段も含めて自分で徹底的に考える必要があります。
──現在はCTOとして自社の研究者やエンジニアを指導する立場ですが、やはりそういう「運・鈍・根」のような考えを教えておられるのですか。
松尾氏:今マネージャーを中心によく言うのは、「イワシを追うサバになれ」ということです。もともとは海外の民話で、生きたイワシを運ぶ船があった。ある時、イワシがいつにまして活きがよくておいしい。調べたら、サバが1匹水槽に紛れ込んでいた。このサバに追われて泳ぎ回った結果、身がしまっておいしくなったというわけです。
この逸話を聞いた時に、これは私たちも同じだなと。楽しく仕事をするのは大切だけど、やはりどこかに「これはビジネスなのだ」という緊張感がなければ、なかなか成果にはつながりません。
現場に緊張感をもたらす、いわば「軍曹」のような人かもしれません。決して厳しくはないのだけど、質問をして考えさせ、違った見方で話をし、そして外へ行かせることが重要です。部下が足元しか見ていない場合、将来を見る視野を与えて、意見を持てるようになる質問をすることです。
──研究者の自主性を尊重するのも大事ですが、それを確実に成果に結びつけるように仕向けるマネジメントも重要ですね。
松尾氏:当社の研究所でも、AIなど色々な新しい技術に取り組んでいるのですが、やってみるとやはり面白い。この面白さやモチベーションを、きっと成果に結びつけるんだという緊張感を研究者自身にも持ってほしいし、そういう空気作りをしなくてはならないとマネージャーには言っています。
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