そのパラレルキャリアは“キャリア”じゃない
多摩大学大学院教授・研究科長 徳岡 晃一郎氏(以下、徳岡氏):1995年から複業を始めていた矢萩さんはパラレルキャリアの先駆者だと思いますが、昨今の副業・複業ブームに思うことはありますか?
知窓学舎 塾長 矢萩 邦彦氏(以下、矢萩氏):私が副業・複業で一番大事だと思うのが、“続ける”ことです。最近は若い世代を中心にパラレルキャリアとして「色々なことをやっています/経験しています」という人が非常に多くなってきていますが、“キャリア”というからにはプロジェクト単位ではなく、それなりの経験が必要です。また、複数の職業を続けることをキャリアとして確立していないと、パラレルキャリアとは言わないと私は思っています。
そうでなければ、「飽きっぽくていろいろなことに手を出す人でしょ?」という、パラレルキャリアに対する世間のイメージは払拭できない。
それから、今のパラレルキャリア論で気になるのは「副業して自分の生計のリスクを分散させよう」という捉え方です。たしかにそれで安心感は得られるかもしれませんが、それだけがモチベーションだと続かないと私は思います。「片手間で稼ぐ」という気持ちだと“キャリア”にはなりえません。
徳岡氏:そうですね、お金だけを目的とすると、企業から禁止を言い渡される可能性もあります。前編でも話した「違う視点を獲得するため」という名目があれば、企業にとって副業の意味も変わってきます。
矢萩:副業・複業をキャリアにしていくことは実際リスクも多いです。所属する組織や外部からは片手間だと思われる可能性がありますし、しかも当然最初は専門家じゃないから、仕事も取れない。中途半端だと思われて、理解もされず、お金にもならない。でも、それでもやっていく覚悟はどこから生じるのか。
それはやっぱり、好きなこと、興味があること、あるいは自分が社会に対して関わりたい・アプローチしたいというモチベーションがあるものになると思います。それを見付けて「お金にならなくてもいい」という気持ちで始めていくのが多分一番良い。
さらに副業・複業を5年、10年と続けて認められるようになってくると、今度は方法としてのパラレルキャリアが身に付きます。そうすると、特に好きじゃないのに仕事でやっていることなどとも、つなげたりできるようになっていく。順序としては、まずは好きなことをライフワークとして取り入れていくことが肝心です。
パラレルキャリアを実務につなげる「カード化」
徳岡氏:今お話しされた、「方法としてのパラレルキャリア」について詳しく教えていただけますか?
矢萩氏:パラレルキャリアを歩むからには、“越境者としてのスペシャリズム”が求められます。 “パラレルキャリア”も専門家なのです。これはいわゆる“ジェネラリスト”にも同じことが言えます。ジェネラリストもまた、ジェネラルに活動する専門家です。
徳岡氏:たしかにいま、オープンイノベーションや異業種コラボレーションなど“外部とのつながり”が価値を生む時代になっていますから、領域をまたいでヒト・モノ・アイデアをつなぐ“越境者”として、パラレルキャリアの専門性は発揮されるかもしれません。
矢萩氏:一方で勘違いすべきでないのは、“ただつなげるだけ”の人では駄目だということです。そもそも専門領域を深堀りして探究されている方は、“ただつなげるだけ”の人とはつながってくれない傾向があります。現場を知っていたり、自分なりに軸を持って研究や活動をしている人間が現れて初めて、「つながってみようか」という気になるのです。だから、自分なりに越境したい領域を探究してから会いに行く。それは、“越境者”が持たなくてはならないリスペクトです。
その点で私が尊敬して弟子入りしたのが、編集者・松岡正剛氏です。彼はどの専門家からも一定のリスペクトを得ていて、何か困ったときに色々な人が話を聞きに来るような編集的世界観という軸を持っていた。僕の肩書「アルスコンビネーター(ArsCombinator)」も彼から付けてもらったものです。ただパラレルにやるのではなく、現場に関わったすべての仕事から方法的抽出を行って、別の現場に具体化して落とす。そんな肩書です。
徳岡氏:そのお話は先程の「方法としてのパラレルキャリア」に通じるところがありそうですね。具体的にはどのように抽出・転用されているのですか?
矢萩氏:私がやっていることのひとつは、「カード化」です。自分がやっていることや携わった仕事、関わりが深い仕事の方法を抽象化して、カードとして持っておくんですよ。たとえば『深夜ラジオ』『俳諧』『ゲーム』『ジャーナリズム』……。
パラレルキャリアが人から認められる瞬間は、ちゃんとほかのキャリアと目の前の仕事がつながっていることがわかってもらえた瞬間だと私は思っていて、このカードはそのための道具です。「今日はこの仕事を松岡正剛に倣ってやってみよう」「ロック的にやってみよう」「俳句のエッセンスを取り入れてみよう」など。
趣味でも過去の仕事でも、その方法の特殊性を抽象化して具体化して転用したらどうなるか考えてチャレンジしてみる。その結果、「それいいね」と言われたときに、「実はこの方法論、〇〇から持ってきたんです」と言えることが増えると、パラレルキャリアはどんどん面白くなっていきます。
徳岡氏:これはまさにパラレルキャリアの価値の源泉ですね。パラレルキャリアで積む経験自体にも大きな価値で、さらにそれ自体をノウハウにしている。
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