0
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
起業家として成功するためには何が必要なのだろうか。天性のビジネスのセンスか? それともビジネスの可能性を見出して起業家を成長させるエンジェル投資家か? 日本マイクロソフトを経て東京大学産学共創推進本部で学生や研究者のスタートアップ支援活動に従事する馬田隆明氏に解説してもらった。
騙されそうになった起業家の話
つい先日、私のところに若い起業志望者が相談に来ました。とあるエンジェル投資家とベンチャーキャピタリストから「投資をしたい」と言われ、本当に投資を受けていいのか悩んでいたそうです。
彼はたまたま東京大学の出身だったため、東京大学でスタートアップ支援の仕事をしている私は相談に乗ることにしました(私の勤める東京大学・産学協創推進本部では、在学中の学生や研究者だけでなく、卒業生のスタートアップ支援もしています。大学というある程度中立的な立場から起業家にアドバイスができます)。
話を聞くと、彼は過去に私が行った講演を聞いて起業に興味を持つようになり、初めてスタートアップのイベントに参加してみたところ、その後の懇親会でエンジェル投資家を名乗る人物から声を掛けられ、後日また会いたいと誘われたそうです。
そして呼ばれた場所に行ってみると、エンジェル投資家と別のベンチャーキャピタリストが待っていて、起業のアイデアなどを深く議論する間もなく投資話が進んでいったと言います。「いつ会社を作るのか」「一緒に創業する仲間はいるのか」と矢継ぎ早に問われ、怖くなったため、持ち帰って考えると言って私のところに来ました。
彼がなぜ「怖くなった」のかと言うと、身近な起業家の友人がかつて投資絡みの話に騙されていたからです。また、前述した講演で、私が「契約関係は分からないことが多いと思うので必ず一度は詳しい人に相談してください」と話していたのを覚えていたため、相談に来たのでした。
近年の日本ではスタートアップへの投資熱が高まっており、起業家は資金調達がしやすくなっています。ただし、スタートアップ投資にかかわる人が増えた分、たちの悪い投資家も散見されるようになりました。中には、起業家にとって不利な条件を押し付けるために「早く決めないと投資しない」と時限付きで決断を迫ってくる人もいます。今回の相談はまさにこのケースだったため、私はすぐに断りの連絡を入れるようにアドバイスしました。
こんなエピソードを紹介したのは、「投資話には気を付けろ」と言いたいからではありません。この話には、起業家にとって場所(Place)と人(People)がとても重要だという示唆があるからです。
前提として、私はこの相談主とは面識がありませんでした。それでも相談に乗ることにしたのは、彼が東京大学の出身だったという縁が関係しています。もし彼が他大学の出身だったら、「今は業務が立て込んでいて」などと言って断っていた可能性もあります。彼は彼で、私が東大でスタートアップ支援の仕事をしていると知っていたから、相談しやすいと考えたわけです。そう考えると、今回の問題解決にはお互いの属性が深く関係していたと言えます。
そこでここからは、起業家にとって場所(Place)と人(People)がいかに重要なのかを見ていきましょう。
働く場所~オフィスが生産性や創造性に与える影響
場所の重要性は、誰もがそれなりに理解しているのではないかと思います。例えば企業の経営者がオフィス選びや空間設計に力を入れるのは、単に見栄えの良い職場にするのが目的ではありません。適切な設計をすれば、従業員の創造性を引き出し、コミュニケーションを活性化するなど、生産性が高まるからです。そこで、まずは働く場所について考察していきます。
スティーブ・ジョブズは、米Pixar Animation Studiosの社屋を建てる際、導線設計を工夫してさまざまな人たちが自然に交流する「アトリウム」という場所を作りました。異なるチームの人たちが話せるように設計されたようです。
また、そうした場所は天井が高く設定される傾向があります。『最高の仕事ができる幸せな職場』(日経BP社)が紹介する2007年に行われた実験によれば、天井の高さが3メートルある部屋と2・4メートルの部屋で学生たちに抽象的な思考を行わせたところ、3メートルの部屋にいた学生のほうが、無関係に思えるものの関係性を見つけるという創造性を発揮しました(注1)。
注1:The Influence of Ceiling Height: The Effect of Priming on the Type of Processing That People Use(
Journal of Consumer Research, Volume 34/Joan Meyers-Levy Rui Zhu/2007.8.1)
https://academic.oup.com/jcr/article-abstract/34/2/174/1793118
さらに、近年は「自然光」が最高の福利厚生だという指摘もあります。たくさん日差し
が入る環境は従業員の創造性を高め、窓から外が見えると職場での作業効率が改善することが示されています(注2)。
注2:The #1 Office Perk? Natural Ligh(
t Harvard business review/Jeanne C. Meister/
2018.9.3)
https://hbr.org/2018/09/the-1-office-perk-natural-light
加えて2011年の研究によれば、室内に植物がある部屋に無作為に割り当てられた人たちと、植物のない部屋に割り当てられた人たちを比較したところ、前者のほうが持続的な注意力と集中力が求められるタスクでより良い成果を上げたそうです(注3)。この研究を知ってか知らずか、欧米では積極的にオフィスに植物を置く会社が多いように思います。
注3:Benefits of indoor plants on attention capacity in an office setting(
Journal
of Environmental Psychology Volume 31/Ruth K.Raanaas, Katinka Horgen
Evensen, Debra Rich, GunnSjostrom, Grete Patila/2011.3)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0272494410001027
働き方に影響を与えるのは、空間だけではありません。机や椅子などのオフィス什器の並べ方も、私たちの言動に影響しています。
カナダのアルバータ大学とブリティッシュコロンビア大学の研究者が2013年に発表した実験結果によれば、椅子が丸く並んだ部屋にいる人たちは集団への帰属意識を高め、会議室のように四角く並んでいる場合は独自性を示すそうと努力するようになるそうです(注1)。もし会議の時、いつもは四角く並べられてある椅子がなぜか丸く配置されていたら、議案に対して同調するよう仕向けられているのかもしれません。
さらに、市場調査会社ニールセンの調査によれば、改善ではなく変革を目指しているイノベーションチームを、社外に置いている企業と社内に置いている企業を比較すると、新製品による収益はチームを社外に置いている企業のほうが2倍も多い傾向にある、とされています(注4)。
注4:イノベーション・オーガナイザー:ジョブズのような組織をつくる(DIAMONDハーバード・ビジ
ネス・レビュー/Tom Agan/2014.8.20)
http://www.dhbr.net/articles/-/2761
こうしたエビデンスを参考にオフィス選び・空間設計を進めれば、生産性や創造性を向上させる一助になるでしょう。
【次ページ】学ぶ場所~起業と学生寮の意外な関係
関連タグ