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4年に一度の障がい者スポーツの祭典「パラリンピック」。競技する選手を支えるために忘れてはいけないのが、義肢装具メーカーだ。最近では、平昌五輪でアルペンスキーのチェアスキー選手の活躍により業界大手の川村義肢が注目された。同社は従来、障がい者向け義手義足の製造が主要事業だったが、最近は人工ボディなどの新たなニーズも生まれている。同社の代表取締役 川村 慶氏に現状や今後の展開を聞いた。
高齢化や再生医療、ダイバーシティにも幅広く対応
1946年、終戦の翌年に創業した川村義肢は、義肢や装具、車椅子、介護支援機器などの製造販売を行っているメーカーだ。創業当初は、戦争で手足の切断を余儀なくされた人からの需要が多かった。その後、自動車の大衆化現象である「モータリゼーション」や急速な高度成長によって、生産工場が増えたことから交通事故や労働災害で手足を失った人のための義手義足の製作が増えた。
最近では、現場のIT化や機械化によって労働災害も減少傾向にあり、さらに再生医療の発達したことで従来の障がい者向けの義手義足の需要は減少しているという。
この現状について、川村氏は「最近は、手足だけでなく目や耳、鼻など、外形や感触が皮膚に近い人工ボディの依頼が増えています。中でもLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどの性的少数者)の方や性同一障がいの方向けの男性器の依頼が目立ちます」と語る。
たとえば、性同一障がいの人が違和感なく就業できるように注文するケースがあるという。また、「恥ずかしくて美容院にも行けない」という手首から先が無い女性の手を製作したところ、ヘアメイクだけでなくおしゃれを楽しむ余裕が持てたというエピソードもある。そのほか、同社には乳がん患者用の人工乳房の依頼もある。
さらに近年は、高齢化に伴って脳卒中などが原因で片まひを患う人向けの製作も増えている。厚生労働省発表の「平成26年 患者調査の概況」によると、脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患の総患者数(継続的な治療を受けていると推測される患者数)は117万9000人にも上る。その医療費は1兆7,821億円におよび、65歳以上が1兆4,271億円と約8割を占める。
片まひ者が歩きにくい「短下肢装具」の課題
従来、不自由な足を補助するためには、ふくらはぎから足にかけて装着する装具である「短下肢装具」が使われてきた。しかし、足首を固定するため、スキーブーツのようにすり足に近い形の歩行になっていた。研究を重ねた川村義肢では、「脛(すね)の筋力が上手く使えない」ことが、片まひ者が歩きにくい原因であることを突き止めた。
同社は研究を重ね、すねの筋力を補う機能を持つ新しい短下肢装具「ゲイトソリューション」を開発した。川村氏は「ゲイトソリューションは転ばないための装具ではなく、片まひ者が歩きやすくなるための装具です」と説明する。
ゲイトソリューションとは、英語で「歩行改善」という意味を持つという。同社はゲイトソリューションによって新たな装具スタイルを提案している。片まひ者の歩行改善を支援するゲイトソリューションとは、具体的にはどのような仕組みになっているのだろうか。
従来の常識を覆す発想
「足関節を固定して歩きやすいの?」
国際医療福祉大学大学院の山本澄子教授の投げかけた問題提起がゲイトソリューションの開発のきっかけとなった。これは、「つま先が引っかからないように、装具は足関節を固定する」というそれまでの片まひ者の装具の常識だったことに対する疑問だった。
歩行分析の専門家である山本教授は、これまでに数百の健常者や片まひ者の歩き方を分析。その結果、片まひ者のつま先が上がらないのは、「踵(かかと) がついたときの前脛骨筋(すねの筋肉)によるブレーキの力が足りない」ことに気付いた。まひ側の足が地面についているときは身体の重心が十分に上がらず、効率の悪い歩行となってしまうのだ。
山本教授は、このブレーキ力を補える短下肢装具を作ろうと考え、義肢装具製作の最大手である川村義肢に開発を依頼した。
「山本教授からご提案いただいた短下肢装具は、まったく新しいコンセプトのものでした。しかし、当社のみの開発ではリスクが高いと考え、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の『福祉用具実用化開発推進事業』に応募しました。この事業は、優れた技術や創意工夫のある福祉用具の開発の支援を行うというものです。提案は無事採択されてゲイトソリューションの開発がスタートしました」(川村氏)
【次ページ】新しいコンセプトで開発された「ゲイトソリューション」
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