連載:中国への架け橋 from BillionBeats
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日本からのMBAの留学先に変化が起きている。2006年、アメリカの主要MBA10校への入学者が93名に対し、アジアの主要MBA10校に入学した学生はわずか12名だった。それが2016年には、アメリカが70名に減少し、アジアは47名に増加している。数年内には逆転しかねない勢いだ。異変はそれだけではない。今年、フィナンシャルタイムズの世界ランキングで上海のMBAスクールが8位にランクイン(アジアでは首位)し、日本からは9名が合格したという。日本人が目を向けるそのMBAスクールの実態を、卒業生が語った。
世界8位、アジア首位のMBA「CEIBS」とは何か
5月、商船三井社員の大山廣貴氏(32)は、210人のクラスメートとともにガウンをまとって上海のMBA、CEIBS(China Europe International Business School)の卒業式に臨んでいた。18カ月のハードワークを終え、 大山氏は充実感で満たされていた。
6月、留学を無事に終えて東京本社に復帰した大山氏に、うれしいニュースが舞い込んだ。今年のCEIBSへの日本からの合格者が9人に急増したのだ。これまで、日本人入学者は例年1~2名だった。日本では知られていないCEIBSだが、志望者が増えればプレゼンスも上がり、卒業生のネットワークはさらに強固になる。
CEIBSとは、一体どういうMBAスクールなのだろうか。
設立は1994年、中国が開放経済にかじを切って間もない時期だ。企業の経営層やマネジメント層の人材育成の必要性を重く見た中国政府が、EUと合同で設立した非営利の教育機関だ。中国企業の競争力を高めるという目的を果たすべく、世界中から優秀な教授と学生を集め、10年ほどでアジアトップMBAのひとつに成長した。
だが、日本からの留学生は決して多くなく、認知度も上がらないままだった。
フィナンシャルタイムズの世界MBAスクールランキングでもここ10年はトップ20位前後の常連でありながら、シンガポール、香港、そして大陸では清華大や北京大に比べて日本での知名度が乏しかったCEIBS。だが、今年の日本からの合格者9名という数字は、CEIBSの認知度の急上昇を物語る。
大山氏は、CEIBSに行ってよかったと胸を張る。「帰国後は、留学中に度肝を抜かれた中国のドローン技術を海運業でも応用するべく提案した事業プランを採用され、現在スタディーしています。中国で学んだことを早速生かすことができてエキサイティングな毎日です」
だが、大山氏は、それ以上にクラスメートから学んだことが大きいと語る。
「超一流の能力に優れた同級生から学んだプレゼンスキルやパワーポイント作成スキル、リーダーシップなどのソフトスキルを、彼らだったらこういう時どうするだろうと想像しながら仕事に生かしています。その意味でも世界ランキング8位のCEIBSに行ってよかったです」
大山氏は、世界ランキングの背景を次のように説明してくれた。
MBAランキングの基準は、さまざまな要素からなる。比重が大きいのは、たとえば学生の入学前と卒業後の給与上昇率、学生の質(GMATの平均スコア)、教授の質(論文の本数等)などだが、中国ではアリババやテンセント等の世界でもトップの給与水準の企業が続々と登場し、CEIBSの卒業生の多くがそうした企業へ就職していく。
また、欧米への留学から帰国した優秀な中国人が増え、さらに競争力をつけるためにMBAで学ぶべくCEIBSに入学する学生たちがCEIBSのレベルを引きあげることになっている。さらに、CEIBSはトップクラスの報酬で海外のトップMBAから教授陣を招聘している。
CEIBSのランキングの推移を見てみると、2002年時点では53位だった。それが2009年には8位になり初めてのトップ10入りを果たし、その後は10~20位台での変動が続き、今年の8位再浮上となった。
そうした背景と今年の入学者数の飛躍的な伸びを、日本人の卒業生たちは驚きとともに歓迎している。
「CEIBSに行っていなかったら起業していない」
「9名?それはすごいですね」
治療アプリを開発するベンチャー、キュア・アップを経営する佐竹晃太氏(36)は、歓声を上げた。佐竹氏は2012年に29歳でCEIBSに留学するまで、都内の総合病院に勤務する呼吸器内科の医師だった。
20代で医療以外の新しい分野を学びたい、そして海外に住みたいというふたつの希望をかなえるために、CEIBSのある上海へ飛んだという話はややとっぴに聞こえる。
留学にあたり、MBAを選んだのは偶然に近い。強いて言うなら、学生時代から漠然と事業に興味があった、その程度のことだったという。いくつかの米国トップビジネススクールとCEIBSに願書を出し、最終的に選んだのがCEIBSだった。だが、留学前には起業など考えていなかった佐竹氏にきっかけをもたらしたのは、紛れもなくCEIBSである。
私費で留学した2012年当時、CEIBSの中国人学生にも上海という都市にもそれほど洗練を感じたわけではないが、数年内にこの国は日本を追い越すだろうと予感したという。アジアMBAは欧米のトップ校に比べて質が劣るという声を聞くことがありますが――。こう問うと、 米国をはじめ海外トップMBAの教授を招き、中国企業のケーススタディーをするなど、プログラムは良質だったと佐竹氏は話した。
2年目に入り、佐竹氏はCEIBSの「攻める力」を実感する。MBAでは2年目で海外の提携校に交換留学する制度がある。佐竹氏は医学の世界的トップ、ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州)への留学を希望していたが、CEIBSとジョンズホプキンス大学の間で交換留学が可能になるのは翌年度からだった。ところがCEIBSは佐竹氏のためにジョンズホプキンス大学と交渉し、特別に交換留学の提携開始を1年早めてしまった。
おかげで留学がかなった佐竹氏は、同大でソフトウェアによる治療の可能性を示す論文に出会う。衝撃を受けた佐竹氏は、CEIBSを卒業して帰国すると、キュア・アップを起業した。日本初の「治療アプリ」の健康保険適用をめざして現在治験中だという。
「CEIBSに行っていなかったら、私は間違いなく起業していません。ジョンズホプキンス大に留学できたこともそうですが、同級生には起業をめざす人が多く、ベンチャーマインドが旺盛だったのも刺激的でした」
道なき道を行くような、整理の尽くされていない中国社会の野性は、医師の95パーセントが医局に所属する中、そうではない5パーセントのひとりになることを選んだ佐竹氏のマインドに合っていたようである。
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