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ものづくりや職人を支えるBtoB領域のデジタルマーケティングは、華々しい成功事例の多いBtoC領域とは一線を画した独自の課題を抱え、ある意味、マニアックな進化を必要としている。オムロン、スリーエム ジャパン、村田製作所のグローバルブランド大手三社で陣頭指揮を取るデジタルマーケターが、それぞれの課題や有効施策を語った。
『業界初』『世界初』の製品を出していても、知る人は少ない
ブランドが保有する資産をさまざまな切り口で伝えるブランデッド・コンテンツは、BtoBマーケティングにおいても重要な役割を果たしている。世界的に見ても、近年ではBtoCtoBという情報ルートを採用することが主流になりつつあるという。コアな情報も、切り口を変えれば個人の共感目線に届けることはできる。
BtoCとは比較にならない中長期戦略が求められるBtoBマーケティングにおいて、オムロン、スリーエム ジャパン、村田製作所のBtoB大手三社は、どのようにデジタルマーケティングを活用しているのだろうか? 2017年7月18~20日に京都/大阪/神戸の3都市で開催された「第4回アドテック関西」にて、各社のマーケティング担当者が自社の事例を語った。モデレータを努めたのはワン・トゥー・テン・デザイン 最高経営責任者小川 丈人氏。
1兆円企業を目指すオムロンで、今春よりデジタルマーケティングを束ねるのが、デジタルコミュニケーション部 部長 劉 越氏だ。劉氏は新聞広告や展示会など、主にペイドメディアを中心にブランド戦略に携わってきたキャリアを持つ。
「業界初、世界初の製品を世に送り出していてもそれを知る人は少なく、日本はもちろん、中国やインドでも『体温計や血圧計の会社ですね』と言われます。ニッチな商品の開発にはパワーがいるにもかかわらず、社会的な影響力は小さいのです。そのような課題を自社でコントロールできるのがデジタルマーケティングであり、オウンドメディアやSNSを通じて情報発信のエコシステムを作る必要があると考えました」(劉氏)
ペイドメディアを使えば露出はできるが、1つ1つの施策にコストも体力もかかる。そこでオウンドメディアを立ち上げて自社の発信力を強化し、ペイド施策のビフォー・アフターフォローを含め、情報発信や質・量を自らコントロールすることにした。
「これまでの『.co.jp』や『.com』のサイトはゲートページにすぎませんでした。メンテナンスとして通年予算で運用していたものを、2013年以降はオウンドメディアに進化させました。そこでまず必要になったのがコンテンツです」(劉氏)
そこで、オムロンの中長期戦略テーマ「人材の尖りと繋ぎ」を元に経営の取り組みをストーリーとし、粛々とストラクチャーを組んだ。現在はLinkedin、Twitter、YouTube、海外ソーシャルメディアからエンゲージメントして流入を図り、拡散力のあるアンバサダーのリクルーティングを試しているところだという。
セールスよりも企業ブランディングへつなげていく
自社が取り組むイノベーションや技術価値、携わる人の思想や技術者に迫るコンテンツを用意し、「この会社で働きたい」というところまでもっていけるか。人材採用におけるプロセスとしても落とし込みを始めている。
たとえば、ITやエレクトロニクスの国際展示会CEATEC JAPANでオムロンが展示した「卓球ロボット」は、テレビを中心に広く取り上げられた。その前後のパブリシティとして、自社ホームページで技術コンテンツのジャーナルをオープンした。
「シンボリックなものとして位置付けている自社技術が、どのように活かされているか。未来社会の状態や開発の背景、バーチャルコンテンツを用意し、SNSを組み合わせて展示会以降もオンラインで体験できるようにしました」(劉氏)
また、日経新聞には毎月広告を掲載。オウンドメディアとも連動した取り組みとして、人材獲得に向けてまじめで地味な技術者を前面に打ち出している。登場する人物キャラクターもさまざまだが、いろいろな仕事をいろいろな人がやっている、というイメージ作りのフックとなっている。
技術者の素顔や、技術価値をストーリー化し、誰もが受け取れるコンテンツとしてSNSを通じ、拡散させる。そうすることで、ビジネスドメインを包括的に理解してもらうことに注力しているという。
現状では、ダイレクトにセールスへつなげるというよりも、企業ブランディングへいかにつなげていくか。オムロンがデジタルコミュニケーションに期待しているところは、ステークホルダーに対してのプレゼン含め、従業員の士気向上やリクルーティングといったアセットに置換できる効果だといえる。
仲間の口コミが重視される「職人」の世界に一方通行は意味がない
BtoC領域でグローバルブランドのデジタルマーケティングに長く携わってきた田中 訓氏も、BtoB領域ではこれまでに経験のない課題と直面することが多いという。BtoBにおいての“認知率”には特徴があり、現場で実際に使う職人や該当資材を管轄する部署など、狭い世界に対し、ピンポイントで製品の認知を高める必要性がある。
「ポスト・イットをご存知の方……(場内ほぼ挙手)ありがとうございます。では、ダイノックフィルム
(注1)をご存知の方……(場内ほぼ挙手なし)ですよね。これ、建築設計業界で同じ質問をすると、実は後者の方が手が挙がるんです」(田中氏)
注1:壁紙資材として用いられる粘着剤付き塩ビ化粧フィルムシート
スリーエムの売上は、85%がBtoB市場によるものだ。23事業部にわたり建築資材や自動車で使う接着剤など、約5万点の製品がある。顧客とは狭い分野の少数の製品で関わることも多く、部署ごとに課題やサポートを必要とする内容も異なる。
「いわゆるデマンドのところで、どうやってお客様にリーチをするのか。いままでやってこなかったようなことを実現するために、マーケティングとしてリードを作っていかなければなりません。スタンダードな顧客ペルソナを作り、インサイトを得て、カスタマージャーニーを作ってみる。オンラインで誰がどう製品をインフルエンスしているのか、このフェーズまでにこの情報を得ていないと次の検討には進まない、という絵も作ります」(田中氏)
また、職人が現場で実際に研磨剤を使って溶接をしているところを動画コンテンツにした。現場がどういう評価をしているか、動画が最も情報量が多く、伝わりやすいという。
「お客様はプロ。弊社の製品を使わなくても仕事ができている職人さんに、使ってもらわなくてはいけません。これは相当大変です。メーカーがいくらいいことを言っても信じてもらえません。師匠や仲間からの口コミが最も重視されるところへ、一方通行のマーケティングシステムを仕込んでも、あまり意味がないのです」(田中氏)
職人の世界はデジタルとは縁遠いところにあることも多い。技術に関わる写真などは、企業秘密で門外不出ということも珍しくはないのだ。そうした世界において、仲間内の口コミを通じて現場でもスマホで見ることができるようなビデオは強力なパワーを持つ。情報量が多いので、違和感があればすぐにばれる。
オートメーション化できるものとできないものを見極める
「自分たちごととして認識してもらうことが最優先です。職人さんにエンドースメントすることで、少しずつ認知を上げていく。現場にくる初心者のアルバイトに毎回トレーニングするのが面倒であれば、サポートするマニュアルビデオも作ります。賞金をかけて技術力を競い合うバラエティ的な動画も作ります」(田中氏)
さまざまなテクノロジーを現場でタッチアンドトライしてもらい、自社製品の強みをコンテンツにしていく。職人仲間を通じてソーシャルブランディングが生み出されていく。
「でもみなさん、見た後には、魔法が解けるみたいに忘れてしまいます。ですので、一週間後くらいにリマインダー、アテンションをかけます。そもそも営業がメールを開封してるかどうかをスコアリングすることも必要です」(田中氏)
オートメーションでできるものと、現場を確かめないと進まないものを見極めながら、各部署にフィットするプランを用意して試行錯誤を重ねているのが現状だ。さまざまな条件下におけるPDCAを準備し続けることも必要だろう。
今後はBtoB領域でデジタルマーケティングに携わるプレイヤーを集め、それぞれの事例や課題を共有できるような勉強会を発足させるなど、マーケット全体の人材育成にも力を入れていきたいと田中氏は語った。
【次ページ】 村田製作所の取り組みはどうか? “デジタル・アンド・データマーケティング”とは?
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