• 2011/09/09 掲載

ソーシャルビジネスとグラミン銀行 : 【連載】多国籍企業のBOP戦略は発展途上国の貧困問題を解消できるか?(3/3)

林 倬史研究室(国士舘大学経営学部)

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グラミン・ダノン食品に残された課題

 同社が、利潤の追求ではなく、「子供の健康増進と貧困の削減」を明確な唯一の事業目的として構築しようとする「地域密着型ソーシャル・ビジネス生態系モデル」は確かに、現地工場や個別販売のための女性販売員等の雇用の促進、契約小規模卸売り業者や現地からの原料調達等によるビジネス生態系を構築して、地域の貧困層の減少につなげている。

 しかも、グラミン銀行とグラミン・ファミリー企業が50%出資の合弁相手として参加しているために、ダノンの活動に対して現地サイドからのチェックが可能となっている。しかしながら、前述のHLLと同様に、グラミン・ダノン食品の場合にも、同じような疑問点が残されている。すなわち、以前からすでに存在し事業活動を行っていた現地のヨーグルト企業との競合ないし共生関係がどのように総括されているかという点である。

 ユヌス氏のソーシャル・ビジネスの概念では、「環境負荷を最小限に抑えながら、誰一人傷つけることなく(without harming anyone)社会的目標を実現しなければならない」(ibid.,P.91,同上書、頁141)ことを主張している。同時に他方で、「ソーシャル・ビジネスの建設会社を設立し、――――現地の失業者を会社の従業員として雇い、地元の建設の仕事をめぐって(現地)営利企業と対等に競争する」とも述べている(P.79,頁126)。このことから、ユヌス氏のソーシャル・ビジネス論の視点からも、現地の同業者との共生関係をどのように構築していくかがプラハラードの主張同様、不明瞭なままであり、相変わらず大きな課題として残されている。

NGO型戦略と多国籍企業のBOP戦略は発展途上国の貧困問題を解消できるか

 NGO、現地民間企業、そして多国籍企業がそれぞれの社会的課題の解決に果たす独自の役割は否定し得ない。バングラデシュのグラミンの事例でみてきたように、現地NGOをベースにしたソーシャル・ビジネス・モデルは確かに現地における地域密着型ソーシャル・ビジネス生態系を構築し、それなりの貧困解決型モデルとして有効性と持続性を創出しているといえよう。

 しかし、現地NGO単独では、グローバリゼーションの流れの中で、現地の限られた経営資源を活用して国際市場と連結しうる製品(ハード、ソフト)の開発、生産、流通ネットワークのバリューチェーンを構築し、現地貧困層の人たちが貧困ラインを抜け出しで経済的自立化を実現することは極めて困難である。この問題が解決されない限り、BOPからMOP(Middle of the Pyramid)への移行は困難となり、発展途上国と先進国との所得格差は固定化され続けることになる。

 他方、多国籍企業が現地子会社を通して現地適合型製品を開発、生産、販売することによって地域密着型ビジネス生態系を構築したとしても、発展途上国サイドは多国籍企業本国本社を中心とした国際的バリューチェーンのネットワークに組み込まれてしまい、そこには独自の自立的ビジネス生態系モデルとは異質の新たな従属型モデルが再構築される危険性を内包している。

 むしろ、現地NGOによる貧困層の自立化をはじめとした社会的問題解決をミッションとするソーシャル・ビジネスの発展が、現地独自のソーシャル・ビジネス生態系を構築させ、それを基盤に、多国籍企業との合弁による協働形態としてのNGO独自のソーシャル・ビジネス型戦略の展開が発展途上国の貧困解消と広大な潜在市場を顕在市場へと転化させていくように思われる。換言すれば、日系、欧米系を問わず、多国籍企業のBOP戦略が現地の貧困問題や本国と現地国との所得格差を解消させていくとすれば、そこには現地NGOを媒介とした現地の知恵と知識の再生産と活用のシステムがキーファクターとしてビルトインされていることを要件としていることになろう。

 最後に、以上の諸点を踏まえたうえで、現時点での日本企業のBOP戦略を総括すると、味の素、ヤマハ、ヤクルト、ユニチャーム、マンダム、住友化学等によるBOPビジネスの事例(野村総合研究所:2010、経済産業省貿易経済協力局通商金融・経済協力課:2010)、および筆者の現地ヒアリングからは、これら企業は日本としては先端的事例であっても、それらのビジネス・モデルは依然として本国中心に開発した製品の現地改良版的製品をベースにしたものに留まっている。これは、S.ハートの言う、いわゆるBOP 1.0の段階であり、現地パートナー固有の知識・知恵を十分に活用して製品やビジネス・モデルの開発を協働で行うBOP 2.0のステージまで至っていない。日本企業が今後、新興工業国BOPの貧困解消を図りながらBOP市場に自社製品を浸透させ、現地でのビジネス生態系モデルを構築していくには、現地貧困層の抱える生活課題に取り組む現地NGOとの協働体制が戦略的に不可欠となっている。

参考文献
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Hart,S(2007), Capitalism at the Crossroads, WartonSchool Publishing,『未来をつくる資本主義:世界の難問をビジネスは解決できるか』石原薫訳,英治出版,2008.
Iansiti,M.& R.Levien(2004), The Key Stone Advantage: What the New Dynamics of Business Ecosystems Mean for Strategy, Innovation, and Sustainability, Harvard Business School Press.
Immelt,J.R.,V.Govindarajan, and C.Trimble.(2009),,How GE is Disrupting Itself, HBR,Oct.,ジェフリー・R・イメルトほか(2010)「リバースイノベーション戦略」Diamond Harvard Business Review, Jan.
Karnani,A.(2007)The Mirage of Marketing to the Bottom of the pyramid
(http://secint24.un.org/esa/coordination/Mirage.BOP.CMR.pdf)
Karnari,A.(2009), The Bottom of the Pyramid Strategy for Reducing Poverty: A Failed Promise, ESA Working Paper No.80, Aug.2009.
Prahalad, C. K. (2002), The Fortune at the Bottom of the Pyramid:Eradicating Poverty Through Profits , Wharton School Publishing.スカイライトコンサルティング訳『ネクスト・マーケット』英治出版、2005年。
Prahalad, C. K. and Allen Hammond (2002), ‘Serving the World's Poor,Profitably’, Harvard Business Review, Vol. 80, No. 9. pp48-57(「第三世界は知られざる巨大市場」, Diamond Harvard Business Review, 2003 January, pp24-38.
World Economic Forum(2009), The Next 4 Billions
Yunus,M.(2010), Building Social Business, PublicAffairs,NY, M.ユヌス『ソーシャル・ビジネス革命』岡田昌治監修・千葉敏生訳、早川書店、2010年。
Yunus,M.(2007), Creating a World Without Poverty, Public Affairs, NY, M.ユヌス『貧困のない世界を創る』猪熊弘子訳、早川書店、2008年。
経済産業省貿易経済協力局通商金融・経済協力課(2010)、『BOPビジネスのフロンティア』経済産業調査会
国連開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)編(2010)『世界とつながるビジネス―BOPを開拓する5つの方法―』吉田秀美訳,英治出版
野村総合研究所、平本督太郎/松尾未亜/木原裕子/小林慎和/川越慶太(2010)『BOPビジネス戦略』東洋経済新報社
菅原秀幸(2010)「世界40億人貧困層へのビジネス・アプローチ」(上、下]『世界経済評論』54(3),54(4)
ダノン社ホームページ(http://www.danone.com/en/what-s-new/focus-4.html)
グラミンホームページhttp://www.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-danone-foods-ltd.html



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