• 2011/09/09 掲載

ソーシャルビジネスとグラミン銀行 : 【連載】多国籍企業のBOP戦略は発展途上国の貧困問題を解消できるか?(2/3)

林 倬史研究室(国士舘大学経営学部)

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グラミン・ダノンの事例

 ユヌス氏がフランスの食品多国籍企業ダノンと提携して2006年に立ち上げたグラミン・ダノン食品は、ソーシャル・ビジネス・モデルの視点からどのように理解されるのだろうか。

 グラミン・ダノン食品は、グラミン銀行の「ソーシャル・ビジネス」を行うファミリー企業であるGrameen Telecom、Grameen Shakti、Grameen Telecom、Grameen Kalyan 4社とダノンとの50%づつ出資の合弁によるソーシャル・ビジネスである。同社の「覚書」には、ミッションとして「貧しい人々(地方の下層クラス)に日々の栄養をもたらすユニークな近接ビジネス(現地のコミュニティに連結した製造と流通のモデル設計)によって、貧困を減少させる」と明記されている。

画像
図4 グラミン・ダノンの事例

出所:Yunus.M.(2007)(2010), ダノンホームページ、グラミンホームページを参考に作成


 この現地のコミュニティに製造、流通のモデルを設計した地域密着型ビジネス・モデルとは、図4に示されているように、地域の乳牛飼育者や椰子の木の糖蜜栽培者との契約、および現地に労働集約的なヨーグルト工場を設置して地元住民を雇用、そして地域の小規模な卸売り業者との契約、そして戸別訪問販売女性(グラミン レディ)の採用によって地域と「生産・流通」を通したビジネス生態系システムを確立し、それによって子供の健康増進と現地下層クラスの人たちの所得を引き上げ、貧困から解放させるためのプラットフォームの構築である。このグラミン・ダノン食品が開発、製造、販売する製品は、離乳後の小児向けヨーグルトである(図4参照)。

 これは、現地では離乳後の幼児向けの食事がおかゆに偏食した食事習慣のため、必要な栄養が不足していることに対処して、不足するカルシウム、ビタミンA、鉄分、亜鉛、たんぱく質、ヨウ素等栄養素の補給を狙いとしている。

 この栄養強化型子供用ヨーグルトは、地域の乳牛飼育者(その多くはグラミン銀行からの借りて)からの原乳調達、糖分の強化は椰子の木の糖蜜栽培者からの糖蜜調達の後、現地工場で製造され、現地の子供に人気のあるライオンのロゴ入りマークで「Shokti Doi」(=Yogurt for Energy)の商品名で2007年に販売された。

 主な販売経路は、グラミンレディによる戸別訪問を中心に1個80グラム入り5BTD(=約6円)の価格で販売された。2007年当時、現地(ボグラ)でのヨーグルト価格は1カップあたり25BTD(約29円)。なお、ダノンが日本で販売しているヨーグルトも1個約71円(=80グラム:4個で283円2011年4月)であり、バングラデシュにおいて1日1ドル以下で生活する貧しい家庭の子供用向け商品としては適合的な価格とはいえない。2008年には、飼料価格の高騰から製造コストが上昇したため、「Shokti Plus」(=Energy Plus)に商品名を変えて、農村では1個60グラムに少量化し、かつ価格も6BTD(=約7円)、ただし小都市では1個80グラムで8TD(約9円)、首都のダッカでは12BTD(14円)での発売に変更された。価格引き上げ後は販売が伸び悩んだが、2010年には黒字化(原文:surplus)が見込まれている(同上書、88頁、ibid,P.49)。

 このグラミン・ダノン食品は、事業目的をバングラデシュ現地の社会的課題である「子供の健康増進と貧困の削減」として明記し、現地での自律的ビジネス生態系を志向する、いわゆる地域密着型ソーシャル・ビジネス生態系モデルの構築を目指したものである。前述のHLL型モデルと、このグラミン・ダノン食品型モデルを比較した場合、両社とも多国籍企業として自社が保有する優れた経営資源を活用しながら、現地の社会的課題の解決を志向している点では同じであるが、両社の間には基本的な相違点が見出される。

 すなわち、前者があくまで多国籍企業ユニリーバのインド子会社としての戦略であり、ユニリーバのグローバルな社会的評価と企業価値を高める戦略の一貫として位置づけられているのに対し、後者のグラミン・ダノンの場合は、グラミンとダノンとの50%出資の合弁会社として、あくまで独自の社会的ミッションを果たすために事業を行い、利潤は原則的にこのビジネスのために再投資される点にある。

 グラミン銀行は、他にもヴェオリア・ウオーター、BASF、インテル、アディダス等のいわゆる営利目的の多国籍企業との合弁によるソーシャル・ビジネス事業を展開中である。同氏によれば、「これらの合弁事業は、互いの能力、専門知識、情熱を頼りにし合っている真のパートナーシップといえる。一方が舵を取り、もう一方が広報上の信用や名声を高めるために、ただ“署名”しているという構図ではないからだ」(ibid. P.80,同上書、128頁)。HLL型モデルとの基本的相違点の一つがまさにこの点に見出される。
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