- 2009/08/12 掲載
【原田曜平氏インタビュー】中国のマーケットを牽引する次世代の消費者を追え!(2/2)
原田曜平氏 |
原田氏■そんなことはありません。アジア諸国には、やっぱり欧米への憧れというものがありますね。八〇后の中にも、「もう日本とかアジアはダサいよね、これからはアメリカやヨーロッパだよね」という感覚を持っている子も増えています。中国ではIKEAが大人気なんですよ。その一方で、北京などの北のほうの人たちは、地理的に近い韓国の影響を強く受けるようになっています。上海や香港などの南のほうの人たちは、日本の影響が強かったりしますね。でも、上海や香港の本当の先端層になると、もう日本を通り過ぎて欧米化されはじめています。
ただ、八〇后はベースとして日本の文化からの影響を強く受けている世代です。今でこそ『プリズンブレイク』がテレビで放映されたり、インターネットで見ることができたりしますが、改革解放直後から八〇后が中学生か高校生くらいまでの間は、テレビもまだ日本のコンテンツしかなかったんですよ。だから非常に日本人の子とメンタリティが似ています。今、日本の20代の人が子どもの頃に『東京ラブストーリー』を見ていたのと同じで、中国の八〇后も子どもの頃に見ていたりします。80年代は電器製品も日本がすごく強かった。幼少期の体験として、あまりにも日本からの影響が大きいので、ベースとして日本を好きであったり、日本的なメンタリティを持っている人たちなんです。
八〇后より下の世代の人たちになってしまうと、それこそ小学生の頃から欧米文化の洗礼を受けている子も出てきています。たとえば小さい頃からヒップホップやNBAと触れて育った子がたくさんいます。つまり、日本にとって八〇后は、最後の聖域とも言うべきターゲットになっています。こんなに絶好のタイミングの人たちがマーケットとして存在するのだから、なぜもっと本気で狙わないのか。逆に言うと、ここを掴まないと今後はもっと厳しい状況になってしまうでしょう。
――八〇后自体も今どんどん変化があって、さらにその下の世代となると、日本の製品やコンテンツを好きになってくれるかどうかわからないということですね。今、日本的メンタリティって言葉がありましたけど、本書を読んでいると八〇后の中にもいろいろな嗜好のパターンがあって、それが日本のいろんな世代の特徴をミックスして兼ね備えていることがわかって興味深かったです。
原田氏■日本の製品やコンテンツは、80后の下の世代にも人気がありますが、上記した通り、もう少しベースとして志向が多様化しているんです。また、80后だって、同じ世代なのに、上の世代と比べると、既に多様化し始めているのです。だから、なかなか難しい。固定観念のある日本企業のおじさまからすれば、「結局、今の中国は何十年前の日本と一緒だろ」「高度経済成長期の日本と同じだろ」という話になってしまいます。でも、高度成長期の日本には、ネットもケータイもなかった。やっぱり発展の速度があまりにも違うので、「過去の日本と同じ状況」と考えてしまうと、読み誤ってしまうと思いますね。
八〇后の4つ目の特徴なのですが、中国には今、インターネットユーザーが約三億人いるのですが、そのうちの3分の2以上が八〇后とそれ以下の世代なんです。30代以上はほとんどインターネットを使っていません。八〇后はインターネットやケータイ的なものに接してきているので、ただ日本の何年前と似ている、というわけではないんです。もっと複雑だと思うんですよ。
――消費を楽しむ日本のバブル世代みたいな人たち、自分に投資したり友人との楽しみを優先する団塊ジュニア世代のような人たち、消費を抑えて周囲との交流にお金を使ったりインターネットを介してコミュニケーションを楽しむロスジェネ世代のような人たち。それが一つの世代、10年くらいの幅にぎゅっと要素凝縮しているのが八〇后というわけですね。
原田氏■まさにその通りですね。
――八〇后の人たちは、香港、台湾、韓国の若者たちとは嗜好や性質などは違うのでしょうか?
原田氏■違いますね。台湾や香港は中華圏の先行地域なので、おしゃれ度なんかもかなり違います。実は、物を売るマーケットとして考えるべきなのは中国の八〇后なんですが、狙うのは台湾の若者だという説を僕は持っています。なぜ香港じゃなく台湾かというと、香港は広東語が使われています。インターネットなどで香港のドラマなどもかなり見られていますけど、やっぱりほとんどの人は字幕や吹き替えがないと読めないわけです。
一方で、台湾は共通語に極めて近いので、そのまま見ることができる。時差もないので、台湾のものは大陸にすぐ伝わるわけですね。シンガポールやインドネシアなどASEANの研究もしているんですけど、どこの国の中華系の人もやっぱり台湾の情報を得ているんですよ。
それに加えて、台湾には日本が大好きな人も多い。だけど日本企業は、人口の少ない台湾をマーケットとして軽視してしまうんです。マーケットとして見るより、情報を経由させるハブ、中華圏や華僑華人に情報を発信する場所として、実は八〇后を狙うなら台湾がいちばん重要だと思います。
――八〇后の人たちは台湾を一種のアンテナ的に使ってるわけですね。
原田氏■中国の田舎にいても、インターネットを開くと台湾の情報が入ってきます。台湾でウケた日本のものが彼らに伝わるという構造になっている。でも、台湾の上流層もかなり欧米化は進んでいます。日本製のものが人気あるからといって、そのままにしておいてはいけないでしょう。今こそ、台湾を意識してマーケティングしないといけない時期だと思いますね。
――原田さんのお考えだと、中国の八〇后も台湾の若者も嗜好の変化の過程にあって、もう日本企業にとっては最後のチャンスが近づいてきているのではないか、と。
原田氏■いや、本当にそう思いますね。中国に進出している会社は、この層を逃しちゃうと厳しいでしょう。たとえば、この本に出てくる安徽省の女の子は、すごく洗練された欧米化された女の子だったのですが、地元の車だからということで、チェリーという中国で一番大きいメーカーの車を持っているんです。彼女のように、もう欧米化すら通り過ぎて、今度は地元愛的なものが出てきている。今の日本と近い状態になっているんです。
――今、中国進出に適している業種はどのようなものがあるでしょうか?
原田氏■実際には、もうほとんどの業種が中国に進出していると思うのですが、一つ今後の課題としてあるとしたら洋服ですね。もう進出している企業はあるのですが、中国のどのデパートを見ても、日本の洋服はほとんど並んでいません。
それにはいくつか理由があって、まずは日本のアパレルメーカーは基本的に中小企業も多く、財力にゆとりがないからなかなか中国に出ていくというリスクがとれないこと。もう一つは、やっぱりすぐ同じようなデザインが出てしまうらしいんです。だから、中国に進出してもダメだろうと思ってしまっている。
中国で力のある「イーランド」という韓国のブランドがあるんですけど、八〇后の子たちにすごく人気があります。やはり似たものをつくられて安く売られてしまっているんですけど、デパートへの営業戦略も成功しているし、実際に売れている。でも、日本の企業には、どうしても中国に対するネガティブなイメージがあって、攻めに出れていないんです。
さっき「味千」の話をしましたけど、ラーメンや食品の分野も中国進出には適していると思いますよ。ただ、ラーメンの場合はやはりあまり大きな企業ではないので、中国まで視野に入っていないのだと思います。ただ、日本の食べ物は八〇后の間で非常に人気があります。ヘルシーで安全だからなんですね。水一つとっても、彼らは必ず日本のものを選ぶと思います。中国で販売されている自国製の水が安全でないことを彼らは知っているんですよ。
――日本のコンテンツについてはいかがでしょうか? 中国への進出は必ずしも上手くいっているようには見えないのですが。
原田氏■コンテンツも多くがインターネットで見られてしまっているんですね。日本のコンテンツ業界の方も、すぐにインターネットに流出してしまうのでビジネスができないと言うんです。雑誌でも、インターネット開くと『ViVi』や『Ray』が出てきて、全部読むことができる。
ただ、一方で中国ではNBAがすごい人気を誇っているんです。みんながバスケットやNBAが好きだという状況になったのは、最初は無料でずっと流していて、今の段階でお金を回収するようになったからですよ。日本のコンテンツも、今は大半がタダで見られてしまっていて、いみじくも中国に進出したばかりの頃のNBAと同じような状況にある。ここからどうやってお金を回収していくかというステージにあるわけです。
――日本の映画やアニメに関しても、同じような状況でしょうか?
原田氏■映画は年間で上映できる海外の映画の本数が決められていたり、性表現や暴力描写がかなり規制されています。テレビについても、一時期、日本と中国の関係があまりよくない時期に締め出されて、その間に韓国と台湾系のコンテンツに占められてしまっています。ドラマもアニメも似たような状況です。
今は、中国のテレビ局が以前に買った日本のコンテンツを繰り返し再放送して、日本側には新たなお金は入ってきにくい状態になっています。中国政府に規制されてしまう内容のものもあるかもしれませんが、基本的には日本の企業がテレビ局などに売り込めていないんですよ。理由は日本のコンテンツの値段が韓国のコンテンツなどに比べて高いからです。
その一方で、インターネットではタダで見られてしまっている。YouTubeなどと違って、中国ではインターネットで映画を一本丸ごと見ることができます。でも、そういう意味では、ちゃんと見られてはいるんです。ただし、お金を回収する場所がなくなってしまった。
――打開策はあるのでしょうか?
原田氏■二つあると思います。一つはグッズ的なものを売って回収するという方法。もう一つは本にも書いたのですが、アニメやドラマのキャラクターを広告に使って、キャラクター使用料などをコンテンツホルダーが回収するという方法です。基本的には、コンテンツはタダで見られたほうがいい、というぐらいに腹を括ってしまわないと難しいですね。
――そういえば、本の中に登場する日本のビジュアル系バンドの大ファンという八〇后の女性は、そのバンドがデザインされている車があったら必ず買う、と答えていましたね。ならば、中国で痛車が売れるのではないかと思ってしまったんですが。
原田氏■日本人はよく笑うんですけど、たとえば日本製のシャンプーを全部アニメのキャラクターで売ったら、これは絶対売れますよ。それぐらい、日本のアニメの影響力は強いんです。……やればいいのに、ってよく思うのですが(笑)。
――エヴァンゲリオンシャンプーとか(笑)。日本でも昔はそういう商品がたくさんありましたよね。
原田氏■そうなんですよ。「ドラえもん」と「ハローキティ」だけは成功していますね。でも、不思議と他のキャラクターはまだたくさんは出てきていません。日本人はちょっとカッコよくなりすぎちゃって、こんなものは売れるはずがない、と思っていしまっているのかもしれません。それともビジネスの交渉が成立しないのか……。
――『クレヨンしんちゃん』が中国で勝手に商標登録されてしまっているようなトラブルだけが報道されてしまっていて、二の足を踏んでいる企業もあるかもしれません。
原田氏■それにしても、もっと日本のコンテンツを活用してほしいな、という気持ちはありますね。ビジュアル系のバンドやジャニーズタレントだって、中国では大人気です。ただし、音源がインターネットで共有されてしまうのでCDは売れ難いでしょう。ならば、ライブのツアーをしたり、グッズを販売すればいいと思うんです。韓国はその辺のアプローチが上手いですから、政府やメディアや全業種ぐるみで、中国へ営業活動を仕掛け始めていますよ。業種を超え、「韓国」という国単位での売上増大を狙っているわけです。
――最終的には中国の八〇后というマーケットを使って日本の経済が活性化してほしい、日本の若い人たちもちょっといい目をみてほしい、というのが原田さんのお考えでしょうか?
原田氏■はい、そうですね。うちの若い社員を見ていても、やっぱり中国支社にいる社員のほうがイキイキしていますよ。そりゃそうかもしれないですよね。売り上げも毎年上がっていくし、国も変わっている感じがあるし。日本にも、もうちょっとそういう若者が増えるのかなと思ったんですけど、案外増えていませんね。どちらかというと巣ごもり的な方向に向かってしまっている。
――巣ごもりに向かっている日本の若者には、成功体験がないのかもしれません。仕事でがんばったら給料が上がる、ボーナスも上がる。そんな経験をしていないような気がします。反面、中国の若者、つまり八〇后たちは給料も上がっていくし、ビジネスで成功した億万長者だって出ている。つまり希望があるのでしょうね。
原田氏■それを目指して、中国でビジネスをしようとする日本の若者が出てくるかと思ったんですけど、そんな熱はありませんよね。日本にいて働いて、できれば給料が現状維持で、なんとか落ちないことだけを願っているんじゃないかと。
――中国進出なんて、大企業にいなければできないのではないか、というイメージもあると思うのですが。
原田氏■そんなことはないと思いますよ、全然。たとえば、八〇后はネットショッピングへの依存度が日本よりずっと強いです。もちろん、ネット普及率は、圧倒的に日本の方が高いですが、「依存度」という意味では、中国の方が格段に上です。中国のような大きな国になると、特に先端層はネットショッピングに頼らざるを得ないんですよ。なら、中国にも楽天のようなネットショッピングモールがあるので、そこで日本の製品を売ればいい。中小企業だって、在庫をそこで売ってしまえばいいんですよ。販売を代行してくれる業者もいますからね。もっと個々の日本人が、日本市場の困難さばかりに目を向けるのではなく、すぐ隣の国の市場に興味を持ってほしいものですね。
何度も言いますが、そろそろ日本の企業、日本の商品が八〇后という巨大なマーケットを掴むラストチャンスに近づいています。ぜひ、これをビジネスに生かしてほしいですね。
(取材・構成:大山くまお)
●原田曜平(はらだ・ようへい)
1977年生まれ。慶應義塾大学商学部卒。博報堂研究開発局・主任研究員。
若者や富裕層などを研究し、テレビ・ラジオ、新聞・雑誌など各媒体で活躍中。
共著に『10代のぜんぶ』、『黒リッチってなんですか?』(ともにポプラ社)、『ニューリッチの成功法則』(東洋経済新報社)などがある。
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