IBM Watson Summit 2016レポート
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コグニティブ・コンピューティングは、これまでのITでは困難とされてきたビジネスや社会のさまざまな問題を解決可能なものに変えつつある。また、クラウドの普及に触発された「デジタル破壊」があらゆる業界を席捲し、常識を超えるビジネスが次々と生まれている。伝統的な企業も、こうしたコグニティブとクラウドに象徴されるテクノロジーをどのように活用し、イノベーションを起すことができるだろうか。IBM Watson Summit 2016からそのヒントを探ってみる。
イノベーションの鍵となるインテリジェンスとスケーラビリティー
IBM Watson Summit 2016のDay2では、「コグニティブ時代を見据えた新しいビジネスへのアプローチ」をテーマに、アプリケーション開発やAPIエコノミー、ハイブリッド・クラウド、セキュリティーなど、オープン・イノベーションに向けたさまざまな最新テクノロジーの活用法が紹介された。
そのゼネラル・セッションに登壇した日本IBMで研究開発を統括する執行役員の久世和資氏は、「インダストリーにおける価値は、処理の自動化から“世の中の理解”へとシフトしています。これを実現するには、従来のコンピューティングでは能力が足りません。半導体やシステム・ソフトウェア、並列化などの革新的な技術をインテグレーションし、グラフ解析、機械学習、音声・イメージ・動画解析などを可能とするコグニティブのスケールが必要となります」と語った。
IBMは、こうしたイノベーションの鍵となるインテリジェンスとスケーラビリティーを、世界中のだれもが、いつでも、すぐに使えるクラウドのプラットフォームとして提供していくことを目指しているのである。
たとえばPaaSプラットフォームのIBM Bluemixからは、自然言語理解、翻訳、画像分析、音声認識など、すでに20個以上サービスのAPIが提供されており、今後さらに22個のAPIが追加される予定という。
「世界最先端のテクノロジーやコンテンツをAPI化することで、誰もが簡単にコグニティブのスケールを活用できるだけでなく、さらにコグニティブのアプリケーションを作って、自らが主体的にビジネスや社会のインベーションに貢献することができます」(久世氏)
続いて登壇した日本IBM 取締役専務執行役員 グローバル・テクノロジー・サービス事業本部長のヴィヴェック・マハジャン氏も、エンタープライズに求められるイノベーションとして、「お客さまに満足、価値を提供し続けられるだろうか?」「よりよいビジネスモデルはないのだろうか?」「改善と変革のスピードアップはできないのだろうか?」といった課題を提示するとともに、「市場を破壊される前に、自らが創造的に破壊できないか?」と問いかけた。
これを実現するために急務となっているのが、「まだ88%が手付かず」とも言われている膨大な非構造化データのビジネス活用だ。そこではソーシャルやIoTなど多様なデータを連携させるクラウドのプラットフォームが不可欠であり、「IBMは、『オープン・テクノロジーとエコシステム』『業界・業務分野の専門的な知見』『グローバル展開』を主軸とするハイブリッド・クラウドによって、世界経済を支えるお客さまのITを支援していきます」と、マハジャン氏は語った。
拡大するAPIエコノミーが新たなビジネスモデルを生み出す
実際、日本企業においても銀行・保険、製造・自動車、通信・メディア、公共など、あらゆる業界・業種でIBMのクラウド・プラットフォームの活用が進んでおり、コグニティブを視野に入れたイノベーションにアプローチしている。
リレートークに登場したフォーラムエンジニアリング、みずほフィナンシャルグループ、ワン・トゥー・テン・ホールディングス、日本海事協会、中外製薬などは、まさにそのフロントランナーだ。
そうした動きの中で、もうひとつ注目しておきたいのが、「APIエコノミー」というキーワードである。たとえば、みずほ銀行はFinTechベンチャーのマネーツリー社と提携し、「みずほダイレクトアプリ」に、マネーツリー社の個人資産管理アプリ「Moneytree一生通帳」の機能をシームレスに組み込んだ。登録したユーザーは、以降の入出金明細を無期限で照会できるほか、LINEのスタンプを押すだけで残高確認などを行える。
この協業の背後にあったのがAPIのテクノロジーだ。APIによって、かつてない企業間連携による新しいビジネスモデルを生み出していくというのがAPIエコノミーの考え方となる。
「APIエコノミーは、B2CのみならずB2Bの領域にもその波が広がっています」(日本IBM クラウド事業統括CTOのエクマン・ラスムス氏)
日本海事協会の取り組みにも興味を惹かれる。同協会は、海上における人命と財産の安全確保および海洋環境の汚染防止を使命として、船舶の安全を確保するために独自に技術規則を制定し、建造中および就航後の船舶がこれらの規則に適合していることを証明するための検査を実施の上、船級の登録を担っている公的機関である。
また、船舶の登録国が国際条約に基づいて行う検査の代行、材料、機器等の承認業務、ISOに基づく品質および環境マネジメントシステムの審査登録、各種技術コンサルタント、その他海事業界に貢献するための各種研究開発など幅広い活動を行っている。
そうした中で、なぜ積極的なAPIの公開に踏み切ったのか。同協会 新事業開発本部 情報技術部 次長の池田靖弘氏は、「私たちは運航中の船舶から得られるエンジンなどの機器の稼働データだけでなく、航海データや気象データなど船舶の垣根を越えたビッグデータを収集・活用する『シップデータセンター』を構築し、このたび稼働を開始しました。このプラットフォームを、APIを通じて広く公開することで、海事にまつわる産業全体の発展に貢献したいと考えています」という意向を示した。
これを受けてラスムス氏も、「API ConnectをはじめとするさまざまなサービスをIBM Bluemixから提供し、APIエコノミーの拡大を支えていきます」と語った。API Connectとは簡単に言えば、各企業がそれぞれ所有しているビジネスアセットをAPIとして公開するためのソリューションだ。企業内のアプリケーションとクラウドサービスを連携させたハイブリッド環境において、シンプルな手順で半自動的にAPIを作成することができる。
ツールだけでは解決できない課題をIBM独自のメソドロジーで埋める
いずれにしても、コグニティブに関連するさまざまなサービスを単に提供するだけでは、広範なビジネスの世界でイノベーションを起すことができない。いま求められているのは、アプリケーション開発にまで踏み込んだサポートに他ならない。こうした企業の要望に応え、イノベーションを実現に導くためのメソドロジーと「実践の場」が「IBM Garage」だ。「IBM Garage」はWatson Summit Day1 の5月25日に開設がアナウンスされた 。
ブレイクアウト・セッションに登壇した日本IBM クラウド事業統括 IBM Cloud Meisterの紫関昭光氏は、そこから提供する支援サービスを次のように紹介した。
「イノベーティブなビジネスアイデアをユーザー視点で具体化するとともに優先順位付けを行い、お客さまとの双方向のコミュニケーションを通じて、アプリケーションのプロトタイプをIBM Bluemix上に短期間(6~13週間+α)で開発します」
大きくは、アイデアの創造を促す「ソリューション・デザイン・ワークショップ」、アイデアを検証する「ソリューション検証サービス」、アイデアを実現する「ソリューション開発サービス」の3つのオファリングからIBM Garageサービスは構成されている。
そして、このすべてのサービスを横串で貫いているのが「IBM Bluemix Garage Method」と呼ばれるメソドロジーであり、「ツールだけでは解決できない課題をIBM独自の方法論によって埋めることで、イノベーション実現をサポートします」と紫関氏は語った。
もう少し詳しく述べるとIBM Bluemix Garage Methodには、THINK(IBMデザイン・シンキング)、CODE(スクラム/テスト駆動型開発、エクスペリエンス、継続的インテグレーション、マイクロサービス)、DELIVER(継続的デリバリー、デリバリー・パイプライン)、RUN(ダークローンチ、オートスケール)、MANAGE(サーキットブレーカー、監視、自動運用)、LEARN(A/Bテスト、仮説駆動型開発)の6つのステップがある。
このサイクルを繰り返すことで、ユーザー体験を重視したアプリケーションを迅速に作って展開していく「アジャイルなカルチャー」を生み出していくのである。
したがってIBM Bluemix Garage Methodの中では、IBM Bluemixを通じて提供している各種サービスだけでなく、世の中で標準的に使われているテクノロジーを含めたオープンなツールチェーンを積極的に活用していく。
これによって実現するのが、マイクロサービス型のアプリケーション開発だ。
従来のアプリケーション、たとえばECサイトに着目すると、そこにはレコメンデーション・エンジンや在庫管理など異なる世界のモデル(バウンデッド・コンテキスト)が複数混在しており、密結合していた。それぞれの機能ごとに異なる組織のオーナーシップがあり、改変や拡張を行いたくても全員の合意が必要となることから、意思決定のスピードはどうしても鈍重になってしまう。
これに対してマイクロサービスでは、ひとつのアプリケーションの中には同じ世界のモデルだけが存在し、アプリケーション同士は疎結合によって連携する。自部門だけの迅速な意思決定が可能となり、アジャイル開発が実現するのである。「東京のIBM Garageでは、特にブロックチェーンにフォーカスしたマイクロサービス型アプリケーション開発も支援していきます」と紫関氏は語った。
これまでのアプリケーション開発は、数か月から1年といった単位で行われてきた。これに対してIBM Bluemix Garage Methodの6つのステップは、1~2週間といった短期間でそのサイクルを繰り返す。1年を52週として毎週のように新たなビジネスの意思決定をアプリケーションに反映させること、すなわち従来の50倍のスピード感でイノベーションに向かうことが可能となるのである。
紫関氏は、イノベーション成功の鍵として「新しいことに挑戦する現場」「技術者とビジネスリーダーの連携」「トップの強力なサポート」「信頼できるビジネスパートナー」の4つの条件を挙げつつ、「お客さまとともに新たなカルチャーを生み出ししていく、“コグニティブ・ビルド”を推進していきます」とIBMとしての意気込みを示した。
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