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- 2022/08/25 掲載
ルンバ買収、ロボットとの未来を見据えたアマゾンの「本当の狙い」とは?
アマゾンがiRobotを買収した衝撃
この原稿が公開されるころにはだいぶ落ち着いているだろうが、界隈ではアマゾンがロボット掃除機「ルンバ」で知られるiRobotを買収したことが話題だ。2022年8月5日、アマゾンはiRobotを買収すると発表した。純負債を含む取引額はおよそ17億ドル。「あのアマゾン」が「あのiRobot」を買収した。この業界全体に与えるインパクトと、日本円でおおよそ 2,200億円あまりと、家庭用掃除ロボット最大手としては意外と安い金額であったことも多くの人の注目点となっている。
アマゾンは家庭マップとスマートホームOSを入手した
アマゾンは、なぜiRobotを買収したのか。この点については多くの人たちが語っていることが、ほぼ当たりだろう。つまり、家庭用掃除ロボットのリーディングカンパニーとして、2022年2月現在で世界で累計 4000万台の家庭用ロボットを出荷しているiRobotの持つシェアと、そこから得られる各家庭の間取りデータを欲しがったのだろうと思われる(なお、すべてのルンバにその機能があるわけではない。ルンバにカメラがついてSLAMをするようになったのは2015年発売の980から)。加えて、iRobotの持つ、ホームデバイス全体をコントロールし、将来はスマートホームのOSとなることを目指す「iRobot OS」を欲しがったのだろう。それはルンバ以降は大ヒットするアプライアンスを持たないiRobotとしても利益の一致するところだったのだろうというのが筆者の見方だ。
この点は後述するが、家庭の間取りデータと、アマゾンがもともと持っている購買データを組み合わせることができれば、さまざまなことがわかるだろうことは想像に難くない。どれだけ実際に活用できるかは未知数ではあるものの、本当に大ざっぱに使うだけでも色々なことがわかるだろう。
そもそもルンバのどのモデルを使っているかだけでも、ある程度の年収を推定できそうだ。ルンバのフラッグシップモデルの「s9+」は、公式ストアを見ると18万6,780円となっている。さらにルンバと自動で連携できる床拭き掃除ロボットの「ブラーバジェットm6」とのセットモデルもある。両者と最近は定番になってきているクリーンベースを組み合わせると、床の掃除はほぼほったらかしで済む。これは便利であることは間違いない。
ただ、ロボットとはいえ、しょせんは床を掃除する機械でしかない。それにこれだけの金額を出し、なおかつ設置できるだけの家に住んでいる層は限られるだろう。しかも結構な床面積を取るこの機械を、家のどこに設置しているのか、どのくらいの面積を掃除させているのかもわかるのだ。他の家具や家電購入データとも合わせれば、と想像は容易に広がる。プライバシー問題もあるので、そのようなことが現実に可能かどうかは別の話だが。
家庭内に入るための高い敷居を乗り越えたアマゾン
今回の発表で「ルンバをAlexaで動かせるようになるんだろうな」と言っている人たちも少なからずいたが、実際のユーザーならご存じのとおり、その機能はAlexaのスキルの一つとして、2017年から既に実装されている。アマゾンではEchoとルンバのセットが販売されていたこともあった。アマゾンは「Astro(アストロ)」という車輪で動き回る家庭用ロボットも開発している。プレスリリースされたのは2021年秋。タブレットとカメラがついていてユーザーを顔認識し、動き回れるスマートスピーカーEchoのような機能を持っている。家庭用のマップも自分で作る。その後、限定的なかたちで販売されている。価格は999ドルだ。
しかし、実際に使っているユーザーのレビューを読むと、評判は良くない。Alexaが使いたいだけであれば、別に動き回ってもらう必要はない。タブレットを各部屋に置いておくほうがむしろ実用的だ。はっきりいうと、Astroは失敗に終わりそうなデバイスである。ちなみに、このAstroに掃除機能があれば、というぼやきは当初からあった。これは「移動ロボットあるある」で、「どうせ動き回るのならば掃除くらいしてくれ」と言われることは家庭用・業務用問わず、よくある。
話がずれてしまったので元へ戻そう。iRobotを手に入れることで、アマゾンは家庭内を動き回り、かつ実用的な仕事をしてくれるロボットを、自前で開発する必要がなくなる。今後、アマゾンがロボットをどのように使うか、あるいは発展させていくつもりなのかはわからないが、そのためにまず重要な足がかりを得ることができるわけだ。個人の家庭に入るために、一番高い敷居を超える。そのためにiRobotを買ったというのが端的な答えだろう。
ホームナレッジクラウド「iRobot OS」はアマゾンのものに
iRobot側から見るとどうだろうか。iRobotの昨年の売上高は15億6,000万ドル。ロボット掃除機のリーディングカンパニーである。ルンバといえばロボット掃除機の代名詞だ。ルンバが優れている点は、移動ロボットとしての機能に加え、掃除がちゃんとできる点にある。筆者個人も、ルンバのユーザーである。当時販売されていたさまざまな掃除ロボットを試用して、ルンバを選んだ。ただし、マップを作らないタイプの旧モデルだ。割り切った使い方で満足している。多くの人が使っているようにも思えるルンバだが、日本国内の世帯普及率は10%に達していない。アイロボットジャパンは、2023年までに全国世帯普及率を10%にすることを一つの中期目標としている。10%を超えると、本当に「誰もが使っている」といった家電の仲間入りになり、本当にブレークするのだという。つまり、まだまだ伸びる余地があるわけだ。
2022年5月には「iRobot OS」を発表。これまでは「iRobot Genius Home Intelligence」と言われていたソフトウェアで、すぐに機能向上につながるものではなく、将来の機能発展に向けたものだという。
「The VERGE」によるインタビューのなかでiRobot CEOのコリン・アングル氏は、空気清浄機(iRobotは2021年にAeris社を買収している)など他のデバイス上でも動作するものであり、「クラウドベースで家庭を理解する『ホームナレッジクラウド(home knowledge cloud)』だ」と語っている。iRobotのデバイスがこのナレッジにアクセスすることで、家庭のなかでの知識を共有し、何をするべきかを知ることができるものだという。
人は家のなかで動き回る。キッチンにいるときであればリビングのなかで掃除機や空気清浄機が音を立てても気にならない。各デバイスが連携できれば、そのような制御を自動で行えるようになる。家全体がロボットになるとはそういうことだ。
筆者自身もアングル氏には何度かインタビューさせてもらったことがある。これは10年以上前からアングル氏が言っていた「家庭内の執事のようなロボットを実現させたい」という思いをより一歩前へと進めたものだろうと考えていた。これをアマゾンはそのまま手に入れることになる。
【次ページ】ロボット掃除機市場で増大中の中国メーカーの存在感
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