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この5月、経済産業省は「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)」を公表した。このレポートでは「人的資本」の重要性を認識し、人的資本経営という変革をどう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイデアを提示している。人的資本経営とは何か、背景や今後の展開などを、本報告書や内閣官房が主催する非財務情報可視化研究会などの情報をもとに解説する。
「人的資本経営」とは何か?
人的資本経営とは、人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を指す。
非財務情報の中核に位置するのが人的資本であるが。企業は、これまで人材を「コスト」としてとらえる傾向があった。
今後は人材を「コスト」から「資本」として価値を高め、人的資本を中長期的な企業価値や競争力の向上につなげる、経営としての人材戦略となる人的資本経営の実践が求められている。
「人的資本経営」が注目される理由
人的資本経営が注目される背景は何があるのか。
企業は現在、事業環境の変化に対応し、持続的に企業価値を高めていくために、人的資源をコストとして管理することから、資産として人的投資することへ変革することが求められている。
そもそも、「デジタル化」「脱炭素化」「コロナ禍」などによる産業構造の急激な変化、少子高齢化や人生100年時代の到来、個人のキャリア観の変化や働き方の多様化への対応、さらには企業の持続的な価値創造への挑戦など、企業が持つ課題はどんどん増加している。
企業にとっては、事業ポートフォリオの変化を見据えた人材ポートフォリオの構築や、イノベーションや付加価値を生み出す人材の確保・育成、組織の構築など、経営戦略と連動した人材戦略が重要となっているのだ。
高まる人的資本などの無形資産の重要性
人的資本への注目度の高まりとともに、海外では、企業の時価総額に占める無形資産の割合が年々増加している。特に米国市場では、無形資産が時価総額の90%を占めている。一方、日本市場(日経225)は、有形資産の占める割合が多く、無形資産の割合は32%にとどまっている。
投資家は、財務諸表に直接現れない人材投資やIT投資の質や量といった非財務情報を重視する傾向にある。そのため、企業の価値向上を促すためには、無形資産の割合を増やしていくことが必要不可欠となっている。
国内の人材投資は、世界と比べると大きく遅れをとっている。国内企業の人材への支出(OFF-JTの人材養成費)は対GDP比で0.1%と、米国(2.08%)やフランス(1.78%)など先進国に比べて低い水準にあり、さらに近年は低下傾向にある。
日本企業の人的投資をはじめとする無形資産投資への重要性の認識は高まっている。しかしながら、自社の成長戦略や企業価値向上との関連付け、モニタリングや開示すべき指標・目標の設定、これらに関する投資家からの評価や対話、エンゲージメントなどに課題を感じている。
人的資本経営と「人的資本の開示」に関する動き
人的資本に関する情報開示の動きは、海外を中心に進展している。米国証券取引委員会(SEC)は2021年6月、年次規制アジェンダを公表し、注目すべき規制分野として、気候リスクと並んで人的資本に関する8項目の開示を義務付けている。
- 契約形態ごとの人員数
- 定着・離職、昇格
- 構成・多様性
- スキル・能力
- 健康・安全・ウェルビーイング
- 報酬・インセンティブ
- 採用のニーズ・採用後の定着
- エンゲージメント・生産性
国際標準化機構(ISO)が2018年12月に発表したISO30414(人的資本に関する情報開示ガイドライン)においても、人的資本への貢献と透明性の向上を目的として、組織に適用可能な以下の11の領域を示している。
- コンプライアンスと倫理
- コスト
- 多様性
- リーダーシップ
- 組織文化
- 健康・安全
- 生産性
- 採用・異動・離職
- スキルと能力
- 後継者計画
- .労働力
そのほかの国外の非財務情報開示のフレームワークや基準は、以下の図のとおりだ。多くの機関や団体において、人的資本をはじめとした非財務情報開示の動きが加速していることが伺える。
国内では、経済産業省が2017年に公表した企業と投資家をつなぐ「共通言語」として対話や情報開示のあり方を示した「価値協創ガイダンス」に人的資本への投資に関する内容が盛り込まれており、2022年8月に現在、改定作業が進められている。
また、2021年6月に改定されたコーポレートガバナンス・コードにおいても、人材の多様性の確保や経営戦略と人材戦略との整合性など、人的資本に関する記載が盛り込まれている。
国内外のこういった状況を受け、国内の企業においても、今後「人的資本」の情報開示が進んでいくことが予想される。
【次ページ】人材戦略に関する3つの「視点」と5つの「共通要素」
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