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動画コンテンツが、マーケティングや広報の効果的な手段として広がりを見せている。特に顕著に増えているのが、SaaS(Software as a Service)やセキュリティ製品などの認知を高めるために動画が使われるケースだ。だが、一般消費財と異なり、実際の「モノ」がない新しい概念を普及するのに頭を悩ませている担当者も多いだろう。今回は、10年前からYouTubeチャンネルを開設し、動画を通じたIT啓発活動に取り組んできた情報処理推進機構(IPA)の“中の人”に、コンテンツ作りの工夫を聞いた。
執筆:吉田育代、聞き手・構成:ビジネス+IT編集部 渡邉聡一郎
執筆:吉田育代、聞き手・構成:ビジネス+IT編集部 渡邉聡一郎
当初のターゲットは「開発者」、時代の変化とともに進化を遂げるIPAの動画コンテンツ
IPAがYouTubeに公式チャンネル「IPA Channel」を開設したのは2010年11月のこと。開設以来、ITに関するさまざまな動画を配信。投稿本数は2020年11月11日時点で653本、チャンネル登録者数は1.1万人だ。
2010年当時、「ソフトウェア開発促進事業」を主要事業としてきたIPAでは、“バグの少ない信頼性の高いソフトウェアを開発するにはどうすればいいか” “開発プロジェクトを成功に導くためにはどうしたらいいか”といったテーマで啓発活動を進めていた。
その役割はもともとは対面(リアル)でのセミナーが担っていたのだが、開催回数や地域、受講者数に制限が出てしまうことを懸念していた。そこで、啓発内容をより広く知らせる手段として、動画に着目したのだという。
IPA 戦略企画部 広報戦略グループ 田部井ゆう子氏はこう語る。
「開発者向けの内容でターゲットが限られていたため、開設当時の視聴回数はそれほど伸びず、1コンテンツ当たり平均200~300再生ほどでした」(田部井氏)
その後、スマートフォンの普及などもあり、人々にとってITがさらに身近になったことを受け、ITリテラシーの理解不足から犯罪にまきこまれるケースも出始めた。IPAでは情報セキュリティ対策の普及啓発を推進するため、2013年から情報セキュリティ対策関連の動画制作に注力するようになった。
これがIPA Channelの大きな転機にもなった。寸劇やアニメーションなど多彩なフォーマットの情報セキュリティ普及映像を次々生み出していき、それらは“IPAの動画といえばセキュリティ”と呼ばれるほどの看板コンテンツになっていくのである。
2020年の春から秋にかけて同チャンネルの登録者数は、過去の取り組みの積み重ね、そして「コロナ禍」による社会情勢の変化を受けて急増した。2020年10月時点で、YouTubeチャンネルの登録者数は1万人の大台を突破。直近は月間200~300人の割合で登録者が増加しているという。
「企業のテレワーク導入や、教育機関における遠隔授業へのシフトで“おうち時間”が増え、動画視聴の機会が増えました。特に、オンライン授業の教材として使われているのか、地方大学からの閲覧が増えている印象です」(田部井氏)
ちなみにIPAでは、ドワンゴが運営している動画配信サービス「ニコニコ動画」も活用している。ニコニコ動画では、主に未踏事業に関するコンテンツを充実させている。未踏事業がITを駆使してイノベーションを創出できる若手人材を発掘・育成することを目的としているため、ターゲット層との親和性が高いとの判断からだ。
人気のセキュリティ系コンテンツ、その特徴とは?
IPA Channelの中でも、自然流入で視聴回数が多いコンテンツとして、たとえば「検証!スマートフォンのワンクリック請求」(2015年3月31日公開)がある。同コンテンツは、2020年11月10日時点で36万回超の視聴数となっている。
これは、アダルトサイトなどにユーザーを誘導し、サイト内のボタンをクリックしたとして高額の支払いを要求する「ワンクリック請求」をテーマにしたものだ。動画ではそうした手口の説明と共に被害に遭わないための対処方法を解説している。
「あなたの書き込みは世界中から見られてる -適切なSNS利用の心得-」(2014年3月31日公開)も、よく視聴されているコンテンツの1つ。
アルバイトスタッフが勤務先でさまざまな逸脱行為を動画に撮ってSNSへアップして炎上し会社が謝罪に追い込まれる“バイトテロ”が流行した時期に制作された。制作の際には、モラル順守を訴えるだけでなく、ネットに書き込んだ本人が特定され、投稿内容はコピーする人がいる限り半永久的に情報が残り情報を消すことができなくなるなど、投稿情報がどう流布されるか技術的な観点から解説することに腐心したそうだ。
情報セキュリティの動画に携わっている、IPA セキュリティセンター 企画部 セキュリティリテラシー支援グループ 藤井明宏氏は、IPAの動画の特徴を次のように話す。
「私たちの強みは公的機関であることです。公平を意識し、第三者的な立場で情報を発信しているから、多くの企業や組織から信頼される情報セキュリティ教材として視聴を推奨していただけるし、幅広いユーザーに見ていただけた結果、ここまでの視聴回数にたどりついたと思っています」(藤井氏)
一方で、視聴回数がすべてではないとも説明する。「組織での情報セキュリティの取り組みにおいては経営者の意識変革も重要です。あまり視聴回数が期待できないとしても経営者向けの情報セキュリティ啓発は引き続き注力する必要があると考えています」と藤井氏は話す。
IPA 戦略企画部 広報戦略グループ エキスパート 藤川英理氏は、コンテンツの制作・配信の意図を次のように語る。
「私たちは社会のためにサービスを提供する公的機関という位置付けですので、企画を立てるときには再生回数や登録者数の数字目標はあえて立てず、受け手にどんな価値を提供するかを考えます。ただし、皆さまの税金を予算とするわけですから趣味の世界に入ってもいけません。IPAが持っている事業計画にどう貢献したかは分析しています。数字を立ててその達成を目標にするだけではいけない、ということです」(藤川氏)
【次ページ】一般的なニーズのない情報を啓発する難しさ、600本超のコンテンツに詰まっている試行錯誤
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