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  • 2020/03/30 掲載

「AI白書2020」を解説、IPAが示す日本の人工知能導入率が低いワケ

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情報処理推進機構(IPA)は2020年2月、「AI白書2020」を公表した。同白書はAIの技術や利用動向、制度政策などの最新動向を網羅的に解説したもので、2017年、2019年に次いで3回目の制作となる。同白書によると、ユーザー企業525社を対象にしたAI利用実態調査では、AIを実導入している企業はわずか4.2%にとどまっているという。同白書で明らかになった日本企業のAI導入の実態を踏まえて、なぜ遅れてしまっているのかを考察する。

執筆:ITジャーナリスト 田中克己

執筆:ITジャーナリスト 田中克己

日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長、主任編集委員などを歴任し、2010年1月からフリーのIT産業ジャーナリストとして活動を始める。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)、2012年度から一般社団法人ITビジネス研究会代表理事を務めるなど、40年にわたりIT産業の動向をウォッチする。主な著書に「IT産業再生の針路」「IT産業崩壊の危機」(ともに日経BP社)がある。

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なぜ日本のAI導入は遅れているのか
(Photo/Getty Images)

「AI白書2020」に見る、日本のお粗末なAI活用実態

 IPAでは、AI白書の公表によって、AIの最新動向や国内外の取り組みを企業の経営層や現場の担当者に理解してもらうことで、日本におけるAIの実装を推進することを目指している。同白書によると、AI活用に取り組む企業は、実導入とPoC(実証実験)を含めて11%にとどまっている(図1)という。AIの普及が遅れているのは「長年のIT活用軽視」にもあるようだ。

 IPAの社会基盤センター イノベーション推進部 リサーチグループの遠山 真氏によると、経営者が「AIを入れてみよう」と指示すると、現場は困ってしまってITベンダーに相談し、取りあえずPoCを実施するが、「AI人材がいない」「資金がない」などを理由にAIの導入が進まなくなるという。何らかの成果を期待したわけではなく、PoCの実施自体が目的となってしまうという状況に陥っているのだ。
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図1:ユーザ企業のAI導入状況
(出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)公表資料「AI白書2020」)

 AI導入への課題も多く存在する。AIを「検討中/関心あり」と回答した企業にAI導入検討における課題を尋ねたところ、「自社内にAIについての理解が不足している」との回答が最も多かった。次いで「導入効果が得られるか不安」「導入費用が高い」「AI人材の不足」などと後ろ向きな回答が続く(図2)。

 遠山氏は「まずは現場が課題を理解し、AIを使えるようにすることが重要」と助言する。だが、課題の発見とAI活用のトレーニングを受けたことがない従業員に対して、いきなり「考えろ」といっても無謀なことかもしれない。そもそも経営者自身が、専門家から経営にITを活かすコーチを受けたのだろうかと疑問に感じてしまう。
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図2:導入を検討するに当たっての課題
(出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)公表資料「AI白書2020」)

「AIが仕事を奪う」という予測には楽観的

 また、AIに対する懸念が導入を躊躇させることもある。特に「AIの精度や信頼性、責任所在の不明確」を挙げる回答が多くあった(図3)。

 「動作や判断の根拠が分からない」という意見もある中で、AI活用ガイドラインを策定する企業が増えつつある。たとえば、野村総合研究所(NRI)は「AIによる負の影響を低減させながら、AI開発・利活用を進めるための指針」を策定する。プライバシーの保護やセキュリティの担保、透明性など、経営者や従業員に気をつけてほしいことをまとめたものといえる。
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図3:AIに対する懸念
(出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)公表資料「AI白書2020」)
 IPAの調査で興味深いのは「AI活用による雇用を懸念する声が少ない」ことだ。多くの日本企業が「人手不足の解消」や「ホワイトカラーの労働生産性向上」、「単純作業から高付加価値業務へのシフト」などを期待しているからなのだろう。そうした状況については「冷静な判断がうかがえる」(遠山氏)という見方もある。

 だが、NRIが2015年12月に発表した英オックスフォード大学のマイケル.A.オズボーン准教授らとの共同研究によると、「国内601種類の職業における労働人口の約49%がAIやロボットなどに代替可能になる」と予測する。決して楽観はできない。

「スタートアップ育成の遅れ」も大きな課題

 AI導入が進まないもう1つの理由は、「AIソリューションが少ない」ことだ。その背景には、開発を担うスタートアップ企業が育っていないことがある。ベンチャー投資額が米国の50分の1など、スタートアップが育ちにくい環境でもある(図4)。

 そのため、成長するのか分からない段階を乗り越えて、数千万円から数億円の資金を調達する「シリーズA」に進むスタートアップも少ない。グーグルなど米シリコンバレーの巨大IT企業で経験を積んで、日本に帰国してAIなどのスタートアップを立ち上げる起業家も極めて少ない。起業意欲が低いというデータもある。
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図4:日本のスタートアップ(起業)環境の課題
(出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)公表資料「AI白書2020」)
 大都市発スタートアップの成功事例もほとんどない。あるセミナーでは、東京都でスタートアップ育成事業に取り組む担当者が「2018年のスタートアップエコシステム・ランキングで、東京はランク外だった」と、日本の代表都市である東京ですら、スタートアップのエコシステムが確立されていないことを嘆いていた。

 対して、シリコンバレーにはアップルやグーグル、フェイスブックなど巨大IT企業に採用されることを期待するスタートアップが次々に生まれている。中国・深センでも、テンセントやアリババ集団などの大手IT企業に売り込むスタートアップが数多く誕生している。ベンチャーキャピタルを含めた投資家も揃う。だが、日本の代表都市である東京ですら、こうしたスタートアップのエコシステムが確立されていないということだ。

 そこで、経済産業省は「オープンイノベーションを一丁目一番地」に挙げている。大企業にヒト、モノ、カネが集中しているからだが、大企業に危機感があるのだろうか。大企業がスタープアップの技術や商品を自社ビジネスに採用して、業務プロセスを変革したり、新しいビジネスを創り出したりする考えがあるのかが問題だ。

 また、スタートアップの技術力を正当に評価できるかも疑問だ。シリコンバレーにイノベーションを求めて拠点を設置する大企業は少なくないが、成功した事例を聞いたことがない。デジタルシンキングなどシリコンバレー流経営手法を取り入れず、「やってるやるぞ」と形だけを見せた進出にも思える。

【次ページ】地方に活路を見出すことも視野に入れるべき

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