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- 2020/03/05 掲載
SlackとTeams、どちらが優れたツールか 米マーケットの評価は?
米国の動向から読み解くビジネス羅針盤
Teamsの追い上げ、米メディアは手のひら返し
つい2年前までチームコラボアプリの関連記事には、「Slack強し」「Teamsが追い上げるも壁は高い」というような論調があふれていた。2017年3月にローンチされたTeamsと比較して、Slackは4年近く早い2013年8月にローンチされ、独占的な人気で先行していたからだ。それが2019年にはユーザー数が互角となる。2019年11月にはマイクロソフトが「Teamsの1日当たりのアクティブユーザー数が7月の1300万人から4カ月の間に50%も急成長し、2000万人を突破した」と発表して、米メディアの論調の変化は決定的となった。
各社の競争が10年越しで激化するチームコラボアプリ市場において、Slackの1日当たりのアクティブユーザー数も順調に成長してはいるが、同年10月現在で1200万人とTeamsの勢いに押されており、それ以降の新たな数字の発表がないことも、形勢逆転の印象を強めている。
そうした一方で、マイクロソフトが発表するアクティブユーザー数にTeamsに統合されたビデオ・電話会議サービスであるSkypeの使用や、パソコン起動時にスタートアップ設定によりデフォルトで立ち上がるTeamsアプリの立ち上げが含まれるなど、カウント方法に誇張があるとも指摘されており、熱心なユーザーが毎日必ず使うSlackに質の面で追いついていないとも言われる。
しかしTeamsの優勢は固く、「SlackはTeamsの勢いを押し戻せないのでは」との見方が米投資家やメディアを中心に広がっている。事実、Slack株は2019年1月の40ドル近辺から、2020年1月には半分の20ドル前後まで下げている。
振り返れば、マイクロソフトが2016年に「Slackを80億ドルで買収する」、あるいは「自社で競合サービスを立ち上げる」というふたつの可能性を検討した際、マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は、同社創業者であるビル・ゲイツ氏に面会して相談するなど、経営基盤に影響を与える重要問題として認識していた。
結局マイクロソフトは、Windowsに代わる稼ぎ頭となったOffice製品の拡張機能として、自前のTeamsを立ち上げる方向にかじを切る。そこには課金顧客のターゲットを大手企業に定める「サービス企業マイクロソフト」の大戦略があった。
ではここからは(1)IT管理者の評判、(2)クラウドやAIを含むアプリ基盤の内製化、(3)ハードウェアとの統合、という3つの視点から比較していく。
(1)IT管理職の評判:なぜTeamsは好評?
Slackも競合のTeamsも、無料のフリーミアムサービスでシェア拡大を行い、魅力ある機能を提供する課金サービスという「本丸」に誘導するところは同じだ。つまり、より多くの課金してくれる企業が得られるコンバージョン率が成功の基準となる。その点でマイクロソフトは、末端ユーザーの利便性を多少犠牲にしてでも、管理部門がTeamsを使って組織の運営がしやすいような設計を行っている。Slackとの表面的なレイアウトやデザインの類似性に隠された「管理者目線」がTeamsには目立つ。
好例が、ユーザーが初めてアプリを使う際の手続きの簡単さだ。Slackはユーザーへの配慮から、情報入力や承認のステップが7~8段階と最小限で済む。そのためユーザーはインストールから10分以下で使い始められる設計だ。
ところが、Teamsでは登録や使用開始に、ゆうに1時間ほどかかる場合が多い。これは、Teamsにおいて要求される入力情報や承認プロセスが多いためで、しばしばユーザーが管理者に不満を訴える原因となる。しかし立場を逆にしてみれば、大組織の経営者にとって管理システムが多重のレイヤーで徹底していることは喜ばしいことである。
さらにTeamsでは登録メンバーの情報を管理して、ユーザーが持つ疑問について組織内の誰に質問したらいいか教えてくれるWhoBotなど、管理職が喜ぶ機能も満載だ。勢力が急拡大中のクラウドサービスAzureをバックに、Teamsユーザーがアップロードできるファイルサイズも15GBと、Slackの1GBに対して余裕がある。
TeamsがバンドルされたOffice 365の最安プランであるBusiness Essentialsは1カ月当たり従業員1人につき5ドルと、Slackの6ドル67セントよりもお得に設定されている。加えて、チームコラボアプリ単体のみではなく、毎日のビジネスシーンで常時使用されるOfficeが含まれているとなれば、大企業ならずとも管理職の心は動く。サブスクリプション料金が12ドル50セントと同価格に設定されているTeamsとSlackの最上のプレミアムプランも、TeamsにはOfficeがついてくるため、ここでもマイクロソフトは優位に立つ。
米経済ニュース専門局のCNBCが12月初旬に多様な業種の企業でIT取締役を務める51人にアンケートを採ったところ、58%がTeamsを使いたいと回答した。これは、Slackを使用したいとする回答者の30%の2倍近い数字であり、将来的にTeamsがさらにリードを広げる可能性を強く示唆している。
事実、直近では仏化粧品大手のロレアルの6万4000人の従業員、北欧スウェーデン発の家具大手IKEAの7万人の現場労働者がTeamsの使用を始めており、スイスの食品大手ネスレ、米電池大手のデュラセルなど次々とコンバージョンが起こっている。
またマイクロソフトでは、企業顧客にフォーカスしてパートナー関係を構築する「ホライズンズ」と呼ばれるアプローチを採用しており、顧客のニーズに合わせたカスタム化サービスを提供できる強みを持つ。
一方、企業IT管理者の関心の高いコンプライアンス面においてTeamsおよびSlackは両方とも情報セキュリティの国際規格であるISO 27001およびパブリッククラウドの個人識別情報(PII)に適用される ISO 27018、さらに米国の医療保険の携行性と責任に関する法律であるHIPAAの認証を受けている。Teamsはそれに加えて、クラウドサービスの米国基準であるSSAE16のSOC 1およびSOC 2と、欧州連合(EU)標準データ保護モデル条項(EUMC)の認証も取得する徹底ぶりだ。
このように、TeamsのビジネスモデルはIT管理者向けのかゆいところに手が届くコントロール機能やコンプライアンスと魅力的な価格設定で、大企業管理者の心をつかむことに成功している。官需においてもマイクロソフトは、10年間で総額100億ドル(約1兆800億円)に相当する米国防総省のJEDI(ジェダイ: Joint Enterprise Defense Infrastructure)と呼ばれるクラウドコンピューティング契約をも勝ち取っており、顧客に対するきめ細かいアプローチにおいて類似点や示唆が見いだされる。
またマイクロソフトは11月に、同社のクラウドERP(企業資源計画)およびCRM(顧客関係管理)サービスであるDynamicsの長年のライバルであったSalesforceとも手を組み、AzureクラウドでSalesforceのMarketing Cloudをサポートするビジネスを勝ち取った。その中で、Salesforceの顧客がTeams内でデータをシェアする仕組みになっていることは、特筆に値する。マイクロソフトは自社のDynamicsの売り上げを多少犠牲にしてでも、Teamsを「ザ・プラットフォーム」に育て上げるつもりなのだ。
一方で、クラウド大手でマイクロソフトのライバルでもあるIBMが35万の社員のチームコラボアプリにTeamsではなくSlackを採用したことは、競合のマイクロソフトに社内コミュニケーションを委ねないという意味合いもあるものとして注目される。
また、2月20日にはSlackが配車サービスの米Uberから38000人の従業員のコミュニケーションツールとして採用の契約を勝ち取り、株価が発表当日に8%上げるなど、Slackも粘り強い。
(2)アプリ基盤の内製化:Officeという一日の長
チームコラボアプリのウリは何と言っても、ポピュラーで使いやすいさまざまな外部アプリやサービスとの継ぎ目のないインテグレーションである。その点でマイクロソフトのOfficeを含む 800以上のアプリやサービスとの連携を誇るSlackには先行者としてのアドバンテージがある。しかし、Teamsもインテグレーション対応を加速させており、ワークマネジメントツールのAsana、ソーシャルメディア管理システムのHootsuite、メッセージングプラットフォームのIntercom、プロジェクト管理ソフトウェアのWrike、クラウド型カスタマーサービスプラットフォームのZendeskなど有力なアプリやサービスとの連携が次々と可能になっている。
加えてTeamsは、Slackと戦略的パートナーシップを締結している法人向けソフトウェア開発の豪Atlassianに買収されたタスク管理サービスのTrelloとのインテグレーションさえ実現するなど、プラットフォーム拡張に余念がない。
そうした他社アプリやサービスとのインテグレーションの基盤は言うまでもなく自社開発の世界標準ビジネスソフトのOfficeであり、インテグレーションの進んだTeamsを呼び水にして世界有数の大企業のデータ集約および分析サービスの提供へ跳躍しようとするナデラCEOの戦略が透けて見える。
この「世界標準基盤が内製化できること」はマイクロソフトのみが持つ強みであり、Slackにはまねができない。その意味でOfficeは、Teamsを通した外部アプリとのインテグレーションでますます便利になる「新たな疑似OS」として、Windowsに代わる覇者の立ち位置が約束されていると言えよう。
新たなOSとしてのOfficeとTeamsの融合はさらに深化するだろう。その萌芽(ほうが)は、非モバイルのWindows向け買い切り版のOfficeにさえ表れている。筆者のOffice 2016は最近、自動アップデートにより最新のOffice 2019と同じビルドに移行されたばかりか、しれっと「Teams会議に参加」や「新しいTeams会議」などのTeams機能が加わっている。複数の人のピクトグラムで構成されるTeamsを想起させるグループ関係の機能のアイコンも刷新され、OfficeとTeamsの融合はデスクトップPCレベルに及んでいる。
さらにビデオ・電話会議のSkype for Businessが完全にTeamsの一部分となり、Skypeからのマイグレーションが進んでいる。次なるステップは、マイクロソフトが2016年に買収した世界最大級のビジネス特化型SNSであるLinkedIn、ビジネス版Office 365とTeamsのタイトな融合になるだろう。
このようにOfficeを中心とする「ビジネスデータ帝国」建設で、内製化が可能なマイクロソフトはライバルを遠く引き離しつつある。
【次ページ】しかしTeamsには思わぬ伏兵も
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