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  • 2019/08/20 掲載

元アップル日本法人代表 前刀禎明氏が語る、ティム・クックの正体

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スティーブ・ジョブズからティム・クックへとアップルの経営権が渡されて8年がたった。この8年の間でアップルの株価はほぼ3倍になり、現金保有高は2010年から4倍以上に増加。昨年の8月には時価総額1兆ドル超えという、世界初の偉業も達成した。この躍進を支えたティム・クックとはいかなる人物なのか。独自取材をもとにクックとアップルの軌跡を描いた書籍『ティム・クック』の刊行にあわせ、ビジネス+ITではかつてアップルのマーケティング責任者および日本法人代表を務めた前刀 禎明(さきとう よしあき)氏に話を聞いた。
執筆:ビジネス+IT編集部 渡邉 聡一郎

執筆:ビジネス+IT編集部 渡邉 聡一郎

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元 アップル日本法人社長
リアルディア 代表取締役社長
前刀 禎明氏
ソニー、ベイン・アンド・カンパニー、ウォルト・ディズニー、AOLなどを経て、アップル米国本社副社長 兼 日本法人代表取締役に就任。独自のマーケティング手法で「iPod mini」を大ヒットに導き、スティーブ・ジョブズ氏に託された日本市場でアップルを復活させた。リアルディアを設立し、セルフ・イノベーション事業を展開している。ラーニングアプリ「DEARWONDER」は、創造的知性を磨く革新的なプラットフォーム。プロが学ぶオンライン料理講座「DEARCHEF」は、三國シェフとドコモとのコラボ。著書に『僕は、だれの真似もしない』(アスコム)などがある



柔らかな理詰めの営業マン、ティム・クック

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『ティム・クック-アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』
(画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

WiredやMac Weekの元シニアリポーター、リーアンダー・ケイニ―氏が関係者各位へ取材し執筆。これまで厚いベールに包まれていたティム・クックという人物を、出生から現在に至るまで、丹念に紐解いていく。2019年8月刊。

 この書籍を読んで、アップルにいたころの話を思い返しました。僕はティム(・クック)とのミーティング中、何度か眠りそうになったことがあります。彼の難点は、語り口が優しすぎるところです(笑)。今のプレゼンを見るとちゃんと声を張っているように見えますが、社員と話すときは非常に柔らかいトーンで心地よい響きでした。

 ティムとの出会いは2003年。旧ライブドアの民事再生手続き後、僕がアップルのリクルーターからスカウトを受けて何人ものVP(ヴァイスプレジデント:副社長)と面接しているときに出会いました。アップルはその時、日本での危機的な状況を立て直す人間を求めていました。

 当時のティムはワールドワイドセールス&オペレーション担当のシニアVPという立場で、スティーブ(・ジョブズ)のひとつ前に僕と面談しました。彼が気に入ってOKを出してくれたから僕はスティーブと会えたのです。スティーブはマーケティング領域、ティムはセールス領域をそれぞれ管理していて、プロダクトを売ることはすべてティムの担当でした。

 僕はマーケティングVPとして雇用されたためスティーブの管轄でしたが、ローカルのオペレーションを重要視してよく日本に来ていたティムとは、入社後もたまに会いました。

 よく「ジョブズとクックはどちらが良いCEOか」という議論がありますが、ナンセンスだと僕は思います。彼ら2人はまったく違う人間なので、CEOとして比較しても意味がない。

 たとえばプレゼン(テーション)で考えてみましょう。以下のようにプレゼンは「論理訴求か感性訴求か」「モノ訴求かイマジネーション訴求か」という2軸で象限分けすることができます。従来のプレゼンは機能×モノが中心ですね。スティーブは感性×イマジネーションでした。iPhoneやiPodを使う姿を想像してもらうことで購入を促していた。

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プレゼンテーションは「論理訴求か感性訴求か」「モノ訴求かイマジネーション訴求か」の2軸で分けることができる。前刀氏は「モノ×機能」以外に属するプレゼンをクリエイティブプレゼンテーションと表す
(前刀氏 提供)

 ではティムは、この図のどこに入るのか。スティーブとは真逆、従来型の論理×モノです。彼はわかりやすいモノで、論理的に説明するタイプです。

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クックは従来どおりのモノ×論理でプレゼンを行い、ジョブズはそれとは真逆のプレゼンをしていた
(前刀氏 提供)

 今のアップルのプレゼンを見ていてもそれはわかりますね。スティーブのころとは違い、最初にティムが少ししゃべったらその後、人がどんどん入れ代わり立ち代わり登壇していく。ティムの弱みは、世にモノを送り出すときのインパクトです。スティーブのように、何かを強烈に印象づける力はない。彼はセールスの責任者を長く務めてきましたが、必ずしも最高のセールスパーソンではないのが面白いところですね。

クックがいたからジョブズはアップルのCEOでいられた

 この軸の1つ、「論理訴求 or 感性訴求」をマネジメントの軸「オペレーション型 or ビジョン型」で置き換えてみましょう。

 スティーブはビジョン型でイマジネーション(未来)重視。ティムはオペレーション型でリアリティー(現実)重視。スティーブが生きていた間、この真逆の2人はアップルにとって最高のコンビネーションになっていました。

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マネジメントでも2人は対照に位置していた
(前刀氏 提供)

 スティーブは「ひどいCEOだった」とよく言われこの本にもそう書いてありますが、別に彼はCEOの仕事をしていなかったし、そもそもCEOでなくてもよかった。ティムが、スティーブの時代から人を掌握し会社を回す役割を担っていたのです。それがCOOの仕事でもあったわけですが。お互い、自分の領域をわきまえていました。今の、いわゆるGAFAにも、ここまで恵まれたマネジメントコンビネーションはいないのではないでしょうか。

 スティーブはティムがいたから、当時のアップルのトップたりえた。長らくアップルのデザイン責任者だったジョニー(・アイブ)にも似たことが言えます。今年6月アップルを退社することを発表したことが話題になりましたが、彼も思想を同じくするスティーブがいたからこそ自由にデザインを世に送り出せた。

 現在のティムにはそういうパートナーはいないんじゃないでしょうか。そもそもCEOとして、という視点で考えると彼にパートナーはいらない。なぜなら会社経営は彼1人でうまくやれるからです。

 ティムは組織やカルチャーを作るのに長(た)けています。彼は部下が目標にコミットできなくても、感情的になることは決してなく、きっちり何が問題なのか理詰めで追及します。だからこそ世界中のセールスをコントロールできるのです。

 スティーブはその逆です(笑)。クビにするかと思うぐらいに激怒していた光景を、何度も見ました。それから彼は最後まで追求するタイプで、1回"Yes."と言っても、そこからさらに考え続けます。

 思い出深いのは2006年、iMacのCPUをインテル製に切り替えたときに打ったCMです。オンエア数週間前に行った完成披露。そのタイミングで彼は「違う」と言ったのです。私も広告代理店も、「スティーブ、あのときは“Yes.”と言ったじゃないか!」とは言えず頭を抱えました(笑)。

 また、入社した年の11月にスティーブを訪ねたときは、側近の部下から「ヨシ(前刀氏の呼び名)、これから2カ月はスティーブに難しい質問をしてはいけない」と言われたこともあります。スティーブは今、1月のMacworld Expoで話す内容を考えるため集中しているから、と。たとえプレゼンが2カ月先であっても、妥協なき追求で作ったものを最高の形で送り出すことに、彼はとことん命をかけていました。

 それを全力で支えていたのが当時の社員です。Keynote(アップルのプレゼンテーションソフトウェア)の新しいエフェクトは、スティーブがプレゼンで使うためにまず作られていました。だから、彼のプレゼンを見ていると、今後実装されるエフェクトがわかったものです。

【次ページ】現代のCEOとして“最良”なクック、会社の価値はCEOに依存するのか
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