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新宿から小田急線で約1時間の距離にある鶴巻温泉。そこで旅館を営む大正7年(1918年)創業の「元湯 陣屋」はリーマンショック後、売上が低迷し、売上高2億9,000万円に対して借入金が10億円、利益もマイナス7,000万円という厳しい経営状況にあった。こうした中、2009年10月に家業を継いだ代表取締役社長の宮﨑富夫氏は、経営危機に陥った旅館を立て直すためにクラウドを活用。「ITを使うぐらいなら辞める」という従業員も出てくる背水の陣から4年、売上高60%増を達成するとともに、新規ビジネスの立ち上げにもつなげた。
低迷する家業を継ぐため、ホンダのエンジニアから旅館経営者への転職を決意
陣屋は、鎌倉幕府四天王の一人だった和田義盛の別邸跡に建ち、貴賓室には明治天皇も迎えたことがあるという由緒ある温泉旅館だ。囲碁や将棋の対局の場としても知られ、昭和の始めから約300局以上の対局が行われたところでもある。
1万坪の庭園内には、20の客室とレストラン/宴会場/結婚式場など6つの会場を配し、売上は宿泊部門が50%、料亭部門が30%、ブライダル部門が20%という内訳で、資本金4,140万円、従業員数は正社員30名/パート40名の合計70名だ。
同旅館はリーマンショック後、売上が低迷しており、5年前には当時オーナーだった父親が他界、女将だった母親も入院して経営者不在の事態に陥っていた。
元々宮﨑氏は慶応義塾大学とその大学院を卒業後、ホンダで設計/テストのエンジニアとして研究開発に携わっていたが、生まれ育った自然と旅館を残したいという思いから、旅館経営者への転職を決意したという。
システムイニシアティブ協会主催「システムイニシアティブ2014」で登壇した宮﨑氏は次のように振り返る。
「大赤字で旅館存続の危機であり、当時2人めの子供が生まれてまだ1か月しか経っていなかったが、家内と共に旅館を引き継ぐことを決めた。本来旅館の後継ぎは、先代がいる中で修行をしたり、外に修行に出たりしながら引き継いでいくのが一般的だが、そうした機会もなく、短期間で赤字を解消し、売上のアップと経費削減が求められる状況だった」
現状分析をして課題を整理、経営改善のために4つの方針を掲げる
まず売上アップのためには、顧客満足度と営業力を高め、さらにネットも有効に活用していく必要がある。また経費削減のためには、原価/人件費/予実の各々を正しく管理していくことが重要だ。
「しかし当時の陣屋を分析したところ、顧客情報は前女将の頭の中でスタッフには共有されておらず、営業情報も個々の営業担当者の手帳の中で、勘と経験と度胸で回っている状態だった」
またネットからの予約受付も行っていたが、社内で管理する紙の予約台帳もあり、2種類の予約台帳が存在する状況が発生していたという。さらに当時はPCを使えるスタッフは一人だけで、その人がいなければネットの予約管理はできないという状態だった。
一方、原価も粗利ベースでしか把握しておらず、商品タイプ別の原価管理は行っていなかった。
「素泊まりのお客さまが多い時と宴会が多い時とでは当然粗利も違うが、その違いが分析できていなかった。毎月のように粗利はバラつき、しかもその原因が分からないという状態だった」
また陣屋はパート比率が非常に多く、月末にならなければ当月の人件費が分からないという状況で、人件費を下げようとすれば、女将や経営者が現場に張り付いて、スタッフに早く帰ることを促すぐらいしか方法はなかったという。
さらにはそもそも予算という概念がなく、実績の管理も売上結果だけを紙に書いていくというやり方で、それに関心を示すスタッフもほとんどいなかった。
「このままでは非常にマズいと思い、経営改善のための4つの方針を掲げた」
【次ページ】経営改善のための4つの方針
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