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運送業界は、人手不足や経営の脆弱性にあえいでいる。国土交通省は、その状況を打破すべく、2020年4月、「標準的な運賃」を発表した。国内の物流網を守り、健全に経営しようとする運送会社を守るために告示された「標準的な運賃」ではあるが、しかし、標準運賃ではなく、「標準“的な”運賃」と、あいまいな表現を用いてた弱腰な施策に、実効力はあるのか。その経緯を振り返りつつ、課題を考えよう。
運送会社は、なぜ運賃交渉が下手なのか?
そもそもなぜ、「標準的な運賃」なるものを、国が発動せざるを得なかったのか?
それは、多くの運送会社は、運賃交渉が不得意だからである。筆者が経験したエピソードを紹介しよう。
ある機械輸送を専業とする運送会社、A社の話だ。A社は経営に課題を抱えており、物流会社へのコンサルティングも手掛ける私に相談してきたのだ。私は、旧知の会社であるB社を同社に紹介することにした。B社は、製造装置を作るメーカーである。機械輸送を得意とするA社には、紹介するのにうってつけの会社である。
運送会社A社の社長とともに、私は製造装置メーカーB社の部長と面談をした。メーカー側としても、現在取引のある運送会社とは別に、配送体制を広げたいと考えていたところであった。私はチャンスだと思ったが、面談終了後、運送会社A社の社長は、「ダメだ。今回は諦めさせてください」と言い出したのだ。
社長が弱音を吐き出した原因は、B社部長が、面談中に発した一言だった。
「価格勝負はできないと思うよ。今(お願いしている運送会社の運賃は)、だいぶ安いから」
社長は、これを値下げ圧力と受け取ったのだ。繰り返しだが、私はB社とは、以前から付き合いがあり、IT関係の取引を10年近く行ってきた。当然、部長のこともよく知っている。
「あれは、値下げ圧力ではないです。今の運送会社には、運送品質とか、荷役の部分で不満があると言っていましたよね? 『価格ではなく、品質で勝負しろ』という、部長からのアドバイスですよ」
励ます私に、社長は言った。
「だとしたらなおのこと無理です。価格交渉じゃなくて、品質で勝負しろって、何をどうやって提案すれば良いのですか?」
「標準運賃」とは何か?
「標準的な運賃」について考える前に、「標準運賃」について、確認しておこう。「標準運賃」とは、1999年(平成11年)まで、国土交通省(旧 運輸省)が発表していた、トラック配送料金の標準料金表(運賃タリフ)にあたる。
だが、当時すでに「標準運賃」は守られず、形骸化していた。そのため、国土交通省は、1999年を境に「標準運賃」を発表することを取りやめた。だがその後も運送業界では、古い標準運賃が幅を利かせていた。2017年に行われた調査によれば、「標準運賃」を元に運賃を決定している運送会社の約6割が、1990年(平成2年)以前の「標準運賃」をベースにしていると答えている。
このあたりの経緯は、過去の連載でも詳しく書いているので、参考にしてほしい。
慢性的な赤字に苦しむ運送業界
だが現在、「運送会社が健全な経営を維持」できているかというと、疑問である。
全日本トラック協会では、運送会社の経営状態を会員企業から集計し、毎年公表している。最新版である、「平成30年度決算版 経営分析報告書」では、運送ビジネスの営業損益において、黒字を出している運送会社は、全体の54%にとどまる。
集計全体で診れば、営業利益率は、マイナス0.1%の赤字である。しかも、集計全体の営業利益率は、現在公開されている報告書で、最も古い平成20年度以降、平成28年度(プラス0.2%)を除き、ずっと赤字なのだ。
2019年、働き方改革関連法が施行された。国を上げて働き方改革に取り組んでいるなか、現在は、トラックドライバーに対する適用が見送られている時間外労働上限規制が、2024年から適用される。現状のまま放置すれば、運送会社の経営状況が、さらに悪化することは、火を見るよりも明らかである。
物流は社会のインフラである。運送会社が健全に機能しなければ、いくらモノを作っても運ぶことができず、経済は滞ってしまう。そこで、国は、運送ビジネスの主役である、トラックドライバーたちの待遇を改善するため、「標準的な運賃」を発表し、運送会社の経営にテコ入れを図ったのだ。
【次ページ】なぜ「標準的な運賃」が現場で軽視されているのか
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