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- 2020/06/25 掲載
ハンコ文化はなくなる?押印に対する政府発表で今後の実務はどう変わるのか
ハンコが不要と主張したわけではない
──内閣府、法務省、経済産業省は6月19日に連名で「押印についてのQ&A」(以下、QA)を発表しました。三嶋氏:最初にお伝えしておくと、今回のQAで何か法律が変わったということはありません。日本経済新聞さんが出された記事「「契約書のハンコ不要」、政府が見解 対面作業削減狙う」のタイトルは大変刺激的なものですが、QAはハンコが一切不要という趣旨のものではありません。
とはいえ、これが歴史的な発表であることも事実です。後ほど詳細は触れていきますが、この点について言えるのは、政府が正式な発表としてコメントを出したこと、内閣府のリーダーシップのもと、紙とハンコ文化のなかで一番関連が深い法務省が連名で発表したことがすごく大きなことだったと思います。
──QAを見ると、そもそもハンコは不要だったということなのでしょうか?
三嶋氏:皆さんは契約というと「ハンコ」がないと絶対ダメと思っていないでしょうか? ハンコは確かに契約を証明するツールの一つにはなりますが、必ずしもハンコがなくても契約は成立するものです。
もともと民法では「契約自由の原則」が採られています。これはすなわち、契約は書面でなくても構いませんし、極論、口約束でもいいということです。
ハンコであれば「本人であると推定」できていた
三嶋氏:そしてここから少し専門的なお話になりますが、民事訴訟法(民訴法)の228条4項では「真正性の推定効」と呼ばれることが記されています。これは端的に言うと文書に本人のハンコによる押印があった場合、その文書は「本人の意思に基づき作成されたものであることが推定される」ということです。たとえば契約書に私、三嶋のハンコが押されていたとします。その契約を巡って裁判が起こった場合に、その契約書は三嶋が自分の意思に基づき作成していたであろうことが推定される、ということです。つまり、その契約書が三嶋の意思に基づき作成されたことをわざわざ立証する必要はないのです。
一方で、昨今話題になっているクラウド型の電子契約やメールによるやり取りなどについてはこれまでも現状も「推定が働かない」状態にあることは変わりません。つまり、これは本当に三嶋の意思に基づき作成されたのだと証明しなくてはならないということです。
ただし、推定が働かないからといって、契約が無効であるという話ではありません。この推定の有無はあくまで契約が本当なのかどうか(真正性)が問われた際の議論のスタート地点が異なるということに過ぎないわけです。特に法人間の契約紛争においては、こんな契約書は見たこともない、というところから争うケースはほとんどないので、推定効のありなしが問題になること自体がまれです。
そしてQAでは、この推定効も絶対ではないと言っています。このご時世なので100円ショップでハンコを買えますし、3Dプリンターで印影からハンコを復元できてしまうわけで、民訴法の推定も絶対ではないのです。すなわち、ハンコが絶対という思い込みはちょっと改めてほしいと主張している文書なわけです。
その上で、ハンコ以外の手段としては、メールベースでの証跡、電子署名・電子認証サービスなども証拠になり、「推定効」が自動的に及ぶような法的な後ろ盾はなくとも、証拠として十分に使えると政府が解説しています。これは非常に大きな意義があるとみています。
実はこの発表の前に、我々はじめ、電子契約の業者は内閣府の規制改革推進室からヒアリングを受けているのですが、その際にご説明した契約実務、電子契約市場の実情をよく汲み取ってもらっていると思います。依然としてコロナ禍ですので、社会的な課題となっている押印のための出社を抑制して、電子契約など柔軟な方法を考えてほしいという意向があるわけですね。
──今回の発表に法務省が入っていることが大きいとのことですが、これはどういうことでしょうか?
三嶋氏:もちろん、法務省は法整備、法の秩序維持を所管しているわけですので、さまざまな法と密接な関係があるハンコと紙の文化や電子契約などに対する見解を発表するには相当慎重にならざるを得ないわけですね。その法務省が、日本の慣習を大きく変える可能性のある発表をされたわけですから、歴史的な偉業であると私は思っています。
また、法務省がハンコが絶対というわけではないとはっきり示した点で、今後の電子契約の普及は大変に前進するのではないかと思っています。
実務はどう変わっていくのか?変えるべきか?
──かなり厳密なお話が多かったと思うのですが、実務的には今回の発表にどう対応すればいいのでしょうか?【次ページ】実務はどう変わっていくのか?変えるべきか?
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