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  • 2018/12/20 掲載

なぜ日本は洋画の公開が世界一遅い? 映画ビジネスの笑えない課題はここだ

稲田豊史の「コンテンツビジネス疑問氷解」

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「洋画の日本公開は、なぜ本国での公開から遅れるのだろうか」「観たいと思っていた映画が、気がついたら終わっていた」ーー。そんな風に感じたことはないだろうか。こうした映画業界の素朴な疑問にはどんな解があるのか。こうした疑問の解を調べる過程で、日本の映画業界が抱える課題がいくつも浮き彫りになってきた。
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売り上げ自体は上昇している日本の映画業界だが、いくつもの課題を抱えている
(© liuzishan - Fotolia)

洋画の公開はなぜ遅れるのか?

 洋画の日本公開は、なぜ本国での公開から遅れるのだろうか? たとえば、こんな感じである。

『ワンダーウーマン』
全米公開:2017年6月2日 日本公開:2017年8月25日

『キングスマン ゴールデン・サークル』
全米・全英公開:2017年9月22日 日本公開:2018年1月5日

『グレイテスト・ショーマン』
全米公開:2017年12月20日 日本公開:2018年2月16日

『リメンバー・ミー』
全米公開:2017年11月22日 日本公開:2018年3月16日

『ボス・ベイビー』
全米公開:2017年3月31日 日本公開:2018年3月21日

『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』
全米公開:2017年12月20日 日本公開:2018年4月6日

 日本での市場性が低い小規模なコメディ・ホラー作品や、日本で馴染みの薄い俳優の出演作の公開が後回しになるなら、理解できる。

 しかし、上記のような作品は「ブロックバスター大作(全世界的ヒットを目論んで製作された映画)」だ。このインターネット時代、グローバル市場を想定したエンタテイメントコンテンツのリリースが「世界同時」でないのは、あまりにも時代遅れではないだろうか。上記は特に遅れが顕著なケースだが、1カ月程度の遅れならこれ以外にもたくさんある。

 国ごとのホリデーシーズンの違いになどよって、公開日が数日から1、2週間程度ズレるのなら、まだわかる。

 しかし数カ月から場合によっては1年近くも公開が遅れるのは、一体どういうわけだろう? これでは本国での盛り上がりを日本の映画ファンがリアルタイムに共有することができない。日本の配給会社としても宣伝面でマイナスではないのか。

 この疑問を解消すべく、映画プロデューサーのA氏に話を聞いた。A氏は業界歴15年以上で、邦画の映画製作や配給まわり、洋画の買い付けまわりにも通じた人物。所属会社名と名前を伏せることについては筆者とA氏でギリギリまで協議したが、素性を明かして発言すれば取引先に角が立つため、通り一遍の見解しか述べられなくなってしまう。

 ゆえに記事としての「実を取る」べく、核心を話してもらうことを優先して名前を伏せることとした。了承されたい。

「昔、たとえば1980年代も、洋画の日本公開は本国よりずっと遅れていました。ただその理由は、字幕や宣伝販促物の制作に時間がかかっていたから。さまざまな技術が発達した現在、それらはもう解決されています。今、洋画の公開が遅れるもっとも大きい理由は、上映されるスクリーン数の不足です。公開される映画の本数に対してスクリーン数、つまり劇場が少なすぎるんですよ」(A氏)


 下の折れ線グラフは、2000年時点のスクリーン数と公開作品数を100%とした場合の、それぞれの増減推移だ。たしかに2011年あたりから、作品数の伸びがスクリーン数のそれを大きく凌駕しはじめている。

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スクリーン数と公開作品数の推移


「とにかくスクリーンが混雑しています。配給会社は『この作品で△億円の興行収入(興収)を達成するためには、最低○スクリーンで、□日間公開する必要がある」といった目標を最初に定めますから、十分なスクリーン数と上映期間が確保できる時期まで、劇場の空きを待つしかないんです。1日でも早く公開すればそれでいい、というわけではありません」(A氏)


 スクリーンが混雑すれば、1本あたりの公開期間も短くなる。たしかに筆者自身、ここ数年は「観たいと思っていた映画が、気がついたら終わっていた」憂き目によく遭っている気がしてならない。

「現在、日本では約5000スクリーンに対して年間約1200タイトルが公開されますが、アメリカでは2万スクリーンに対して約700タイトルです。日本ほど混み合っていません。人口ひとりあたりのスクリーン数もアメリカのほうが1.5倍ほど多い。それでも成り立つのは、移民のおかげで人口に占める若年層の比率が高く、映画館がにぎわっているからです」(A氏)


映画製作のデジタル化が本数増を招いた

 それにしても、なぜそんなに本数が増えたのか。A氏によれば、製作工程のデジタル化が進んだことによって、映画1本あたりの製作費が下がったからだという。

「映画の製作費は撮影日数に比例して膨れ上がります。スタッフの人件費もろもろ、ロケの宿泊費や弁当代などですね。その点、デジタルカメラは従来のフィルムカメラに比べて感度が高く、多少暗くても撮影が可能。屋外で撮影可能な時間帯が広がり、少ない日数で効率的に撮影ができます。結果、人件費を圧縮できました。

 しかもデジタル撮影だと、天気が思い通りではなくても撮影後のカラコレ(カラーコレクション/色彩補正)でフィルムよりずっと手軽に画面の色味を変えられます。曇天でも晴天にできるし、多少の雨なら消せる。つまり“天気待ち”をしなくていい。撮影期間が短縮されるんです。さらに、撮影後のポストプロダクション(編集、CGなど特殊効果)も、デジタル化が進んだことで全体の制作日数が短縮されました。

 撮影期間が短ければ出演俳優の拘束時間も短くて済むので、俳優をブッキングしやすい。これも製作本数が増加する要因だと思います」(A氏)


 昨今では技術の発達により、安価なデジタルカメラでも劇場公開レベルの画が撮れるようになった。つまり映画の「デジタル化」により、低予算でも映画が撮れるようになったので、その意味でも映画製作のハードルは下がったのだ。これは全世界的な傾向である。結果、作品数は激増したが、スクリーン数の増加がそれに追いつかない。公開の「順番待ち」になるのだ。

「製作会社」「配給会社」「興行会社」

 ここで、日本の映画興行の仕組みを簡単に整理しておこう。映画会社は大きく3つに分類される。「製作会社」「配給会社」「興行会社」だ。製作会社はお金を集めて映画を作る。配給会社は映画を劇場にかけてもらうため劇場に営業活動し、観客に来てもらうための宣伝をする。興行会社は劇場を運営する。

 なお、今は多くの劇場が複数のスクリーンを有するシネコン(シネマコンプレックス)になっており、シネコンは全国チェーン化されている。大手ではTOHOシネマズやイオンシネマが有名どころだ。

 そして、日本において洋画の配給会社は大きく2種類に分けられる。ひとつは、洋画メジャーと呼ばれるハリウッドメジャーの日本法人(ディズニー、ワーナー・ブラザースなど)。彼らは本国でつくられた自社の映画を日本で配給する。

 もうひとつは、海外から洋画を買い付ける独立系の洋画配給会社(ギャガ、キノフィルムズなど/邦画の製作も行う)だ。いずれの洋画配給会社も、国内で劇場を運営する興行会社に「あなたの劇場で上映してくれませんか」と営業に行くわけだ。

洋画より邦画のほうが「稼げる」

 それを踏まえたうえで、新たな疑問が生じる。中小規模の映画が「スクリーンの混雑」によって割りを食うのは理解できるが、超大作の洋画までも公開が遅れるのはなぜなのか。そして、なぜ洋画だけでなく「邦画も割を食う」という話がA氏の口から出てこないのか。

「実は、日本では邦画より洋画のほうが平均興収は低いんです」(A氏)

 これは意外だ。一見して洋画のほうが「大作」が多い印象だが、そうではないのか。たしかに調べてみると、1作品あたりの平均興収(洋画と邦画の各総興収を、それぞれの公開本数で割った値)は2011年以降、邦画より洋画のほうが低い(下記)。洋画に帯びる「大作が多い」という印象と、実際に動員数が多いかどうかは別の話なのだ。

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1作品あたり興行収入

「興収、すなわち入場券売上は配給会社と劇場を運営する興行会社でおおむね半々で山分けしますから、劇場としてはなるべく“コケるリスクが低い作品”でスクリーンを埋めたい。結果、平均興収が高い邦画を選びがちというわけです。しかも、邦画はキャストについたファンの数、原作つきであればその売上実績から、興収予想が立てやすい。洋画の外国人キャストや海外原作ものに比べて、数字が見える。“堅い”んです」(A氏)


【次ページ】「映画を作る会社が劇場も運営する」のは日本ならでは
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