1
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
共有する
企業活動では売上や利益の管理といった「攻め」の業務だけでなく、ガバナンスの浸透やリスク管理をはじめ、コンプライアンス(法令順守)など、多くの「守り」の業務も必要となる。それらを一元的に管理し、企業経営をより安定させるためのツールが、それぞれの頭文字を取ったGRC/GRCツールだ。古くは不正会計で消滅したエンロンから、直近ではビッグモーターやジャニーズといった話題の企業もGRCに関する問題で存亡の危機にさらされている。さらにはGRCはIRM(Integrated Risk Management:統合リスク管理)と呼ばれることもある。ここではGRC/IRMの役割やツールの選び方、導入の手順やポイントについて解説する。
執筆:藤森 みすず、監修:ビジネス+IT編集部
藤森 みすず バブル最終入社で20年以上メーカー系SIerに勤務。その後ライターへ。7年ぶりにITの現場に戻り、Eclipseなどのツールを使用。業務で利用するAWSやGitLabなどの知識を基に、教材開発やDX関連など幅広く執筆。
GRCとは何か?定義と主要な要素
生成AIで1分にまとめた動画
VIDEO
GRCとは、企業経営において重要な「ガバナンス(Governance)」「リスク管理(Risk management)」「コンプライアンス(Compliance)」という3つの要素の頭文字を取った略語である。ガバナンスとは企業の指導・運営体制を、リスク管理とは企業活動に伴うリスクを把握・評価・対応する体制の構築を、コンプライアンスとは法律や規則、社会規範の順守を指す。
これら3つの要素を一体的に捉え、組織全体で一貫した管理体制を築くことがGRCの目的だ。GRCを実現するために、通常はITシステムを導入するケースが多い。
GRCツールによって、企業グループ全体を見渡した統一的な方法論の導入や管理も可能となる。特に、ガバナンス・リスク・コンプライアンスを一元管理することで大幅な効率化、リスク低減が期待できるだろう。
さらに近年、GRCはIRM(Integrated Risk Management:統合リスク管理)と呼ばれることもあり、少しずつ機能的な進化を遂げている状況だ。
GRCやIRMが注目される背景
そもそもなぜGRCやIRMが注目されるようになったのだろうか。
変化を続けるビジネス環境は、新たなチャンスをもたらすと同時に、さまざまなリスクをもたらす。このようなリスクに対応しながら成長を続けるためには、組織の内部統制やコンプライアンス体制の強化が必要だ。しかし、変化のスピードは急速であり、個別の対応は困難である。ここから効率的なリスク管理が重要視されるようになった。
さらに、近年は企業の社会的責任(CSR)や環境・社会・ガバナンス(ESG)への注目も高い。このような課題への取り組みは、企業価値の向上に寄与するとともに、ステークホルダーからの信頼を得るためにも重要だ。
その結果、ガバナンス体制の強化やリスク管理、コンプライアンスの重要性がますます認識されるようになった。また、ITの進化やデジタル変革の推進により、新たなビジネスモデルやテクノロジーの導入が進んでいる。しかし、これに伴い、サイバーセキュリティの問題やプライバシー保護、データ利用に関する法規制など、取り組むべき課題も増えてきた。
こうした背景から、ガバナンス、リスク、コンプライアンスを一体化して、組織全体での取り組みを推進するGRCが注目されるようになった。GRCは、これらの課題に対して組織全体で一貫した対応を行うためのフレームワークを提供し、企業の持続的な成長を支える役割を果たす。
GRC/IRMツールの5つの基本機能
GRCツールには具体的には以下のような機能がある。
・文書管理
企業が持つポリシー、規定、報告書などの重要な文書を一元管理することを可能にする。文書管理機能によって情報の検索や更新が行いやすくなり、情報の正確性や整合性を保つことが可能だ。また、バージョン管理機能を利用すると、文書の改訂履歴を把握し、以前のバージョンへのアクセスもしやすくなる。
・リスク・データ管理と分析
リスク管理は、GRCの核心部分と言える。企業がリスクを一元管理し、リスクの影響度や発生確率を評価するための分析ツールを提供する。また、リスクが組織内のどの部分に影響を及ぼす可能性があるかを視覚的に表示するリスクマップなども生成可能なツールもある。これにより、企業は正しいリスクを把握して意思決定を行うことが可能となる。
・ワークフロー管理
承認フローの自動化やタスクの割り当てと追跡など、ビジネスプロセスを効率化するための機能だ。たとえば、リスクを特定した際に自動的に関連する人物に通知を送ったり、特定の行動が要求されるときにリマインダーを設定したりするなどの機能で、ビジネスプロセスはより効率化できる。本機能により、業務の流れをスムーズにし、手作業によるエラー削減も行える。
・監査管理
内部監査を効率化するためのツールだ。監査計画の作成や監査の実施、監査結果の報告と追跡をサポートする。監査管理により、企業は規定の順守状況を確認できることになる。
・ダッシュボード
ダッシュボードは上記GRC機能をリアルタイムで視覚化する機能だ。ダッシュボードをチェックすることで、リスク、コンプライアンスの状況、重要なKPIを一目で把握し、迅速な意思決定ができるようになる。
GRCツールの機能はさまざまで、個々の企業の特性や要件によって最適な選択は変わる。そのため、多様な機能を理解し、自社の要件に合致したものを選ぶことが、効果的なGRCツール導入の鍵となる。
代表的なGRC/IRMツールとその特徴
GRCツールはさまざまあるが、そのなかでも代表的なものを紹介する。
・ServiceNow Governance Risk and Compliance(GRC):ServiceNow
IT サービス管理ツールを展開するServiceNowのGRCサービス。同社のサービスと強力に結びつくことで、組織全体のリスク情報を把握することに長けている。ポリシーのライフサイクルの自動化および管理、コンプライアンスを継続的に監視する「Policy and Compliance Management」をはじめ、重要なアプリケーションを拡張可能なパッケージにグループ化しているため、必要に応じて拡張できる。
・IBM OpenPages GRC Platform:IBM
IBM OpenPagesは、リスク管理、コンプライアンス、および監査を包括的に管理するソリューションだ。OpenPagesの強みは、AIと機械学習機能にあり、リスクの予測分析やトレンド予測が可能なIBM Cognos Analyticsを搭載している点にある。AIと機械学習機能により、組織はリスクを前もって予見し、適切な予防措置を講じることが可能となる。
・Archer:Archer
もともとはRSA Archerと呼ばれていた製品。エンタープライズリスク管理(ERM)からオペレーショナルリスク、ITリスク、第三者リスク、監査管理まで幅広いリスク管理機能をカバーする製品となる。これらのリスク管理機能は、組織がリスクプロファイルを総合的に理解し、リスクを最小化する戦略を立てるためのサポートをする。また、カスタマイズの自由度が高く、組織の特定のビジネス要件に合わせて機能を調整することが可能となる。
・SAP GRC:SAP
SAP GRCは、ロールベースのアクセス制御や、プロセス制御、リスク管理など、全面的なGRC管理機能を提供する。本製品は、SAPのほかの製品群との統合がしやすく、特にSAPのビジネスソフトウェアとのシームレスな連携が可能な点が大きな強みだ。SAPユーザーの組織は、GRCをほかのビジネスプロセスと統合することが可能となり、効率性と一貫性を実現できる。
そのほか、MetricStream Enterprise GRC SolutionやLogicManagerなどもよく知られたツールだろう。
GRCの7ステップの導入手順
GRCを導入する際は、その手順とポイントを押さえる必要がある。その手順を7ステップに分けて見ていこう。
Step
手順
作業内容
1
ビジネス要件の理解と目標設定
2
GRCのスコープ決定
GRC導入の範囲決定(企業全体か、特定の部門や業務のみか)
3
プロセスとポリシーの整備
リスク管理のプロセス、監査の手順、コンプライアンスの規範などを整備
4
GRCツールの選定
5
GRCツールの導入と設定
6
教育とトレーニング
GRCツールを使用する社員全体に教育やトレーニングを実施
7
運用とモニタリング
継続的に使用状況をモニタリング
必要に応じて改善実施
GRCの目標やツールの設定も適宜見直す
1.ビジネス要件の理解と目標設定
導入前に、まず自社の現状を理解することが重要だ。そのためには、企業の運営方法や業務フロー、リスク管理の方法、現行のガバナンスとコンプライアンス体制など、あらゆる面を詳細に調査・分析することが求められる。
上記の分析結果をもとに、GRCの導入で何を達成したいのか具体的な目標を設定しよう。GPCの目標は、企業のビジネス戦略やリスク対策戦略と連動すべきであることも考慮する。
2.GRCのスコープ決定
次に、GRC導入の範囲を決定する。企業全体を対象とするのか、特定の部門や業務だけに限定するのかなどを明確にする。
3.プロセスとポリシーの整備
GRC導入のスコープに基づき、必要なプロセスやポリシーを整備する。プロセスやポリシーには、リスク管理のプロセス、監査の手順、コンプライアンスの規範などが含まれる。
4.GRCツールの選定
ここまででビジネス要件、目標、整備したプロセスやポリシーがそろうため、ようやく最適なGRCツールを選定できる情報が整う。GRCツールは、企業のニーズに応じた機能を持つものを選びたい。また、ベンダーのサポート体制も重要な考慮ポイントだ。
5.GRCツールの導入と設定
選定したツールを導入し、企業のニーズに合わせて設定を行う。リスクマトリクスの定義やワークフローの設定、アクセス権の管理など、細部に渡り設定を行うことで、ツールは最大限に機能する。
6.教育とトレーニング
GRCツールを効果的に利用するためには、GRCツールを使用する社員全体がツールの使い方を理解し、正確に利用できることが必要だ。対象となる社員全員に対して、ツールの使い方やその意義、リスク管理やコンプライアンスに対する理解を深めるための教育やトレーニングを実施しよう。
なお可能であれば、GRCツールを選定した後は、5.と6.のステップを並行して進めることで、より早く運用を開始できる。
7.運用とモニタリング
GRCツールの運用を開始した後は、継続的に使用状況をモニタリングし、必要に応じて改善を行う。また、ビジネス環境の変化に応じて、GRCの目標やツールの設定も適宜見直す必要が出てくるだろう。
GRC導入で気を付けたい5つのポイント
続いて、GRCを導入するにあたって気を付けたい5つのポイントを解説する。
1つ目は、企業がGRCを導入する前に、自社の現状を正確に理解することだ。自社が直面している可能性のあるリスクを明確に理解し、それらを分類し整理することが重要だ。以下は、自社の現状を把握するためのポイントである。
ポリシー管理
企業が設けている政策や規定を一元管理し、適切に運用されているかを確認する。
リスク管理
企業がどのようにリスクを評価、軽減、監視しているかを理解する。
コンプライアンス管理
法規制や業界規範に対する企業の対応状況を把握する。
インシデント管理
事故や問題が発生した場合の対応策やその運用状況を確認する。
資産管理
企業の重要な資産を識別し、それが適切に管理されているかを評価する。
ベンダー管理
外部のベンダーやサプライヤーとの関係を管理し、それらが企業のリスクを増加させないようにする方法を理解する。
ビジネス継続計画(BCP)管理
災害や大規模なシステム障害などに備えた計画が適切に作成され、更新されているかを確認する。
2つ目は、現状の把握から洗い出された課題や改善点を明確にしたうえで、ニーズを理解することだ。ビジネス戦略や目標、リスクの特性、従業員のスキルや知識などより自社の課題とニーズを知ることで、GRCの導入で何を達成したいのかは自然と明確になる。
3つ目は、自社のニーズを満たすのが得意な製品を選ぶことだ。市場には、さまざまなGRCツールがあるが、全ツールが自社のニーズを満たすわけではない。各ツールの機能や強みを理解し、それが自社のニーズや目標とどの程度一致するかを評価しよう。一部のGRCツールは、特定の業界や規模の企業に特化している場合があり、そのような観点から選定を行うことも重要だ。
4つ目は、GRCツールを統合管理するERPも視野に入れることだ。ERP(企業資源計画)システムは、組織全体の業務プロセスを統合的に管理するためのツールだ。一部のERPシステムはGRC機能を含んでおり、これらを活用することでGRCの導入と運用をさらにスムーズに進めることができる。しかし、ERPシステムの導入や移行は大規模なプロジェクトであり、コストや時間、リソースの観点から慎重な評価が必要だ。
5つ目は、変化するビジネス環境に対応したGRCの導入と運用だ。今日のビジネス環境は複雑で、変化も速い。法規制の厳格化やテクノロジーの進化、競争環境の変化など、多くの企業が直面する挑戦は増大している。こうしたなかで企業が成長し続けるためには、適切なGRC(ガバナンス、リスク管理、コンプライアンス)の実施が不可欠だ。GRCツールは、これらの課題を統合的に把握・管理し、企業の目標達成をサポートしてくれる。
企業のガバナンスやリスク管理、コンプライアンスが厳しく問われる今こそ大きな効果が期待できるGRCツールの導入を検討し、自社のビジネスを次のレベルへと進めてはいかがだろうか。
評価する
いいね!でぜひ著者を応援してください
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
関連タグ