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- 2017/10/04 掲載
PTCヒーターか?ヒートポンプか? 電気自動車で「暖房競争」が起きるワケ(2/2)
各方式それぞれ一長一短があり決め手を欠く
3つの方式にはそれぞれ一長一短があり、現状、デファクト・スタンダード(標準)になれるような決め手を欠いている。「PTCヒーター」はサイズこそコンパクトになるが、電力消費が大きいためEVの航続距離に影響する。空気加熱方式はしくみが最もシンプルで、スイッチを入れた後、最も早く暖まるが、空気の過熱、発火の危険など安全性に問題があるといわれている。水加熱方式は空気加熱方式よりも安全だが速暖性では見劣りし、サイズもやや大きくなる。
「ヒートポンプエアコン」はPTCヒーターよりも電力消費が小さくなり、安全で冷房用とも兼用できるが、ポンプがあるために機器のサイズは大きくなる。そのポンプの音も、EVは「静粛性」が売り物の一つなので、気にされ問題視される可能性がある。
だが最大の欠点は、氷点下まで下がるような厳しい寒さのもとでは外気の熱を利用する構造上、暖房の効きが落ちてしまうことだ。北海道のような寒冷地では冬、住宅用エアコンの暖房機能だけでは物足りないのでストーブなどを併用しているが、クルマでも暖房はエアコンだけでは物足りなくなる。EVの場合はそれに、低温時のパワーの低下というバッテリー性能の問題も加わる。
「燃焼式ヒーター」は暖房の効きが最もよいため寒冷地向きで、北欧スウェーデンの自動車メーカー、ボルボがEVに採用した。マイクロバスなど大型車両にも向いている。暖房でバッテリーの電気を消費しないのでEVの航続距離は長くなる。しかし燃料タンクがあるためにサイズ、重量が大きくなり、燃料を補給する手間がかかり、火気を扱うのでその危険性も伴う。
だが何よりも大きな欠点は、CO2対策の切り札的存在の電気自動車なのに、暖房のために化石燃料を燃やしてCO2を発生させ、「ゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)」なエコカーではなくなる点だろう。ただし、化石燃料の代わりにバイオ燃料を利用してCO2を「カーボン・オフセット(相殺)」するという対策はとれる。
現状、燃焼式ヒーターは寒冷地向け、大型車向けにほぼ絞られている状況で、EV量産車種の暖房はPTCヒーターの中の水加熱(温水)方式と、ヒートポンプエアコンが有望視されている。
日本製EVの日産「リーフ」は、初期車種はPTCヒーターだけだったが、2012年以降の車種はヒートポンプエアコンと併用して電力消費を最大約3割減らしている。三菱の「アウトランダーPHEV」も両方を併用している。併用する理由は、氷点下の寒さではヒートポンプエアコンだけでは暖房パワーが不足し、PTCヒーターに切り替える必要があるためだが、EVの開発担当者は、どちらかを単独搭載して車内の空調機器のスペースや重量を節約したい、というのが本音だろう。
ヒートポンプエアコンがやや優勢な流れに
三菱重工は温水式のPTCヒーターも、家庭用の「ビーバーエアコン」などで培った技術を活かしたヒートポンプエアコンも、両方手がけている。三菱自動車のEV「アイミーヴ」「アイランダーPHEV」にはどちらも搭載された。どっちに転ぶかわからないから両方に「ふたまた」をかけるのも、厳しい技術開発競争の生き残り戦略だろう。もっとも、ほぼ互角だった競争に、2016年の後半頃から少し変化が現れ始めている。それを引っ張ったのがドイツのボッシュとトヨタグループの新技術で、現状はヒートポンプエアコンがやや優勢気味な流れになっている。
ボッシュの技術は「インテリジェント・サーマル・マネージメント」と言い、ヒートポンプエアコンをメインとしながら、内燃機関のクルマのヒーターの「廃熱の利用」をEVでも行って組み合わせる。電力消費の面でPTCヒーターに対するアドバンテージを維持しつつ、ヒートポンプエアコンの欠点である氷点下のパワー不足を補おうという構想だ。
EVでも、内燃機関のクルマほどではないが、モーター、インバーター、充電器などで熱が発生している。その車内の廃熱をムダなく冷却水で集めて、ヒートポンプの熱と合算する。その熱を車内の送風暖房に使う他、バッテリーの加温にも利用し、バッテリーの適温時のパワーを維持させる。
ボッシュによると、廃熱の利用がヒートポンプのパワーを補って電力を節約する効果、加温でバッテリー性能を維持する効果で、冬の市街地走行でのEVの航続距離はPTCヒーターと比べて最大25%延びたという。
トヨタグループのデンソーはカーエアコンのトップメーカーだが、豊田自動織機とともにヒートポンプエアコン自体の低温性能の向上に成功し、今年2月に発売したトヨタ「プリウスPHV」に搭載されている。従来型では外気が氷点下になると暖房のパワーが大きく落ちたが、氷点下10度でも暖房能力が維持できるように改良を施したという。
技術的なポイントは、車内に熱を放出した後の冷媒を液体と気体に分離し、圧力の高い気体の部分(中間ガス)を再び空気ポンプ(電動コンプレッサー)に戻して、熱をつくり出す加圧性能がさらにパワーアップされる部分にある。たとえて言えば車内空調版の「ターボチャージャー(過給器)」。車内空調用では世界初の「ガスインジェクション(気体注入)技術」を、両社がオリジナルで開発した。
デンソーと豊田自動織機は現在、外気が氷点下20度でも暖房能力が落ちないという、さらに高効率なヒートポンプエアコンを開発中だ。それが商品化されれば、PTCヒーターに対するアドバンテージはさらに増すことになるだろう。
9月28日、トヨタが8月にEVの基本技術の共同開発で合意したマツダとEV開発のための新会社を共同出資で設立すると報じられた。そこにデンソーも加わっている。
デンソーの役割はエンジンの熱を利用できないEV向けに車両全体の熱を制御するシステムを開発すること。暖房のシステムは、EVの開発でそれほどまでに重視されている。
ヒートポンプエアコンの技術開発は「氷点下の戦い」でその欠点を克服しつつある。もっとも、機構が複雑化するのでコストはアップしそうだ。一方、PTCヒーターにも構造がシンプルで機器のコストが安いというアドバンテージは残っている。その技術的な課題は、最大の弱点の電力消費をいかに抑え、EVの航続距離をどれだけ伸ばせるかにかかっている。
もし一定の成果をおさめれば、今はやや優勢な流れになっているヒートポンプエアコンを抜き返すことも、不可能ではない。いまヨーロッパで進んでいる「自動車内電源電圧の48V化」は、電圧が高まることでどちら側に有利に働くのか、あるいはニュートラルなのか、まだわからない。
21世紀を代表する工業製品になりそうな、電気自動車(EV)。内燃機関のクルマとは非連続な、その暖房をめぐるデファクト(標準化)争いは、先行きがまだ読み切れないからこそ、面白味がある。後で未知のサムシング・ニューが出現し、みんな持っていってしまう可能性も、ないとは言い切れない。
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