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「第三次AIブーム」の呼び声のもと、情報処理技術の高度化に対して注目が集まっている。機械学習の技術を組み込んだ「Google 翻訳」は、まるでプロの翻訳家が仕事をしたかのように「英語から日本語」や「日本語から英語」の翻訳文を作れるようになりつつある。AIはこのまま「日本語から日本語」というハイコンテクストな翻訳まで実現してしまうのだろうか。
ディープラーニング技術による機械翻訳精度の向上
昨年末に発表された「Google 翻訳」のアップデートは、非常印象深いものであった。長らく問題にされてきた「機械翻訳」の「機械翻訳っぽさ」が薄まって、ずいぶんと人間っぽい作文ができるようになってきたのである。
気の早い人は「人間の脳みそにあるニューラルネットワークは、計算機上で再現されつつあるのだ」といったことを語り、またある人は、いまふたたび「翻訳家は不要になるだろう」といった論を展開している。
こうした過剰な期待と失望を繰り返してきたのがAI業界ではあるが、この新たな技術が我々の社会に変革をもたらそうとしているのも事実である。
新しい技術に対して過度に期待するでもなく、頭ごなしに否定するでもなく、それが現実的に社会に及ぼす影響を、正確かつ的確に見積もることができないものだろうか。
今回は試論として「日本語から日本語への翻訳」というものを考えてみたい。
キーワード解説とは「日本語から日本語への翻訳」である
ある小学生がニュースで「円高」という言葉を聞いて「100円から98円に安くなっているのに、なぜそれを円高というの?」という疑問を持ったとする。
大人がこれを辞書通りに説明したとしても、すぐには納得は得られないことが多い。もちろん「そう決まっているから、そうなんだ」と応えたところで、質問者の疑念はまったく解消されない。
その由来や仕組みを丁寧に説いて聞かせて、質問者が腹落ちするような説明ができて初めて納得が得られるものである。
これはまさしく「日本語から日本語への翻訳」と言える。また、そうした説明ができる人は、「頭が良い」という賞賛を得る栄誉に浴することも多い。
人間のコミュニケーションの「根幹にあるもの」
「独フォルクスワーゲン(VW)は10日、排ガス不正問題に関し、米当局との間で刑事責任を巡る和解交渉が進展していると発表した」
新聞の記事は、このような言葉遣いで文章が書かれるということはよく知られている。これを、小学生から説明してほしいといわれたらどうするだろうか。
大人は「外国の自動車メーカーが排気ガスの排出量の測定をごまかしたという事件があってね…」と語り始めるだろう。
そう聞いた小学生は、「じどうしゃメーカーって、なに?」と質問してくるかもしれない。それに対しては、「車を作る会社のことだよ」と答えることになる。
さらに「かいしゃってなに?」と突っ込まれると、「大人がみんなで集まって仕事をする、アレだよ。ほら、お父さんやお母さんも、いつも『いってきます』って言って出かけるでしょ」といった具合である。
最終的にこのニュースは「外国の車を作っている会社が、悪いことをしたのだけれど、それをどうやったらごめんなさいするかということについて、けいさつのひとたちと話し合いをしていて、それが進んでいるんだよ」ということになって、それを聞いた小学生の方としては、なんとなくわかった気になって、「ふーん」と答える。
これは非常にあいまいだし、部分的には不正確ですらある。発生している現象を、過不足無く正確に言語化するという観点では、新聞のほうが「わかりやすい」のだ。
しかし、小学生は新聞を理解するのに必要な語彙や概念の知識が不足しているため、新聞の文体を直観的に理解することができない。多少不正確であっても慣れ親しんだ分かりやすいレベルに落としてはじめて、納得感が生じるわけだ。
【次ページ】ギャル語の「走れメロス」は優秀な翻訳だ
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