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- 2011/07/01 掲載
連続歴史企業小説「甲冑社長」 ~第四話 次なるターゲット~
「ここが赤門でっか?やっぱり威厳がありますなぁ」
砂夫たちがやってきた赤門は旧加賀藩主前田家上屋敷の御守殿門で13代藩主前田斉泰が文政10年(1827)に11代将軍徳川家斉の娘、溶姫を正室に迎えたときに建てたと伝えられている。当時は従三位以上の大名が将軍家から妻を迎えるときには朱塗りの門を建てるというのが慣わしであったことから朱色に塗られている。当時の原型を残す唯一の門として重要文化財に指定され、文京区の観光スポットにもなっている。
砂夫は正門をくぐると広い構内にある学生課を目指した。
「すいません、先ほど連絡しましたアイテックの木馬路目と申します」
「あっ、人事の方ですね。すぐに確認しますので、書類を預からせていただけますか?」
学生課の担当者は事務的に書類を受け取り、奥へと消えた。
(砂夫さんもなかなかやりますねぇ)
「最近、個人情報の保護がやかましいから書類がないと門前払いですわ。ワシの友達がここの卒業生やから、ちょっと卒業証明書を借りて名前の所だけいじらせてもらいましたんや。でも、ホンマに嘘の学歴なんやろか?」
(それはもうすぐわかりマス)
「お待たせしました。この卒業証明書ですが、記載されているタヌジマという卒業生は存在しないようですね。念のためデータベースで確認したところ、この方は卒業しておりませんが、在籍はしていたようです。最終的には除籍になっていますが…」
「そうでっか、卒業じゃなくて中退ということですな。ほな、学歴詐称で不採用ということにしますわ。お手数かけましたな」
砂夫はいぶかしがる職員から書類を奪い取り、校舎を後にした。
「ふー、長居は無用や。細工がばれたらどないしょってヒヤヒヤしたわ。それにしてもタヌジマって誰でっか?」
(それももうすぐわかりマス)
シロモチくんは意味ありげな笑みを浮かべた。
勇気の火付け人
「タヌジマと申します。社長はご在席でしょうか?」「木馬路目です。どうぞ、お入りください」
砂夫は広々とした真新しいオフィスにタヌジマを迎え入れた。受注が増えたアイテックは東京に支社を新設し、新たな従業員を雇い入れていた。
「その節は助言をいただきありがとうございました。ホント、木馬路目さんは命の恩人です!」
タヌジマは砂夫に深々とお辞儀をした。
「でも、最初はユスリかタカリかと思いましたよ。いきなり、会社に来られて学歴詐称の話をされるのですから…。でも、木馬路目さんは何も要求しなどころか、横島電機を辞めるように迫った。あのとき、私は良心の呵責に苛まれていましたから、正直、木馬路目さんの申し入れを聞いてホッとしていたのです」
タヌジマは話し終えると砂夫に新聞を差し出した。
“横島電機粉飾決済で経営陣総辞職“
横島電機(本社・東京都ミナト区)で粉飾決済があることが明るみに出た。同社は関連会社数社から多額の発注があったように装い、売上高を水増しした疑いが持たれている。海外投資への失敗が発覚しないように偽装が行われていたものと見られる。本日付けで現経営陣は引責辞任。東京地検特捜部は辞任した真黒義曽夫(まくろぎそお)社長を特別背任罪で起訴する方向だ。
新聞には記者会見で謝罪をする横島電機の真黒社長と役員たちの写真がデカデカと掲載されていた。
「あのとき、木馬路目さんに諭されなければ、私もここに写っていたのかもしれません」
タヌジマは新聞を指差しながらしみじみと語った。
「私も今日の朝刊を見てビックリしていたところですわ。あの後、タヌジマ専務が横島電機を辞められたと聞いていましたが、まさか御社がこのようなことになっているなんて…」
砂夫は驚きを隠せなかった。
「この事件が明るみに出たのは私が会社を告発したからなのです。会社に辞表を出した後、裏帳簿が記録されたCD-ROMを持って東京地検にいき、洗いざらい話をしました。あの真黒という男は自分の失敗を隠すために部下に会計操作をさせていました。まあ、私も学歴詐称をしていたのですから人のことは言えませんが…」
タヌジマは頭をかきながら恐縮した。
「いや、専務は立派です。身を挺して会社を守ったのですから。あのまま放っておいたら横島電機は倒産していたかもしれませんなあ。で、専務は今、何をされているのですか?」
「友人の会社で顧問として働いています。会社を辞めたことをどこかで聞いたみたいでして」
そう言いながら名刺を差し出した。
“甲冑コンサルティング”
「かっちゅう…?えっ、甲さんの会社じゃないですか!」
「あっ、ご存じでしたか。甲君は古くからの友人です。変わったやつで、いつも兜を被っているんですよ。いつだったかな、私が仕事で息詰まっているときに小さな風呂敷包み渡されたことがあったんです。でも、『こんなもの何の役に立つんだ』と突っ返しました。懐かしい話ですね」
「……。」
砂夫の頭の中で今までのことが走馬燈のように駆けめぐった。
「木馬路目さん大丈夫ですか?何か顔色が悪いようですが…。そうそう、甲君が是非、私のためにと段取りをしてくれたイベントがあるんですよ」
タヌジマはカバンから二つ折りになった紙を取り出して木馬路目に見せた。
「これは外国人記者クラブからの招待状です。今回の告発について記者会見を開きたいという申し出なのです。そこでお願いなのですが、あの日の藤堂高虎の教えを引用したいのです。いかがでしょう?」
「うー、なんかよくわからなくなってきたぞ。これにも甲さんが絡んでいることなのか?」
(砂夫さん!何をブツブツ言っているのデスか。早く許可を出してあげてください!オーケーなのネ)
「精霊がOKと申しております」
砂夫はいつものクセで反応をしてしまった。
「???あっ、OKということですね。ありがとうございます!あの金言がなければ今の私はありません。木馬路目さんと高虎公に感謝です。海外の人たちにも日本の武士道を理解してもらえるように頑張ってきます!」
タヌジマの顔は使命感で紅潮していた。
(がんばってねぇ~)
「がんばってねぇ~」
砂夫の励ましを受けてタヌジマはガッチリと握手を交わした。
【次ページ】「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」
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