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- 2011/01/07 掲載
<新連載>連続歴史企業小説「甲冑社長」 ~第一話 常識破りの行動で危機を突破せよ 藤堂高虎の巻~
~第一話 常識破りの行動で危機を突破せよ 藤堂高虎の巻~
事件は一本の電話から始まった。「社長、高尾フィルムのノジマさんからお電話が入っています」
女子社員からの電話を受け取ったのは株式会社アイテックの木馬路目砂夫(きまじめすなお)、当年取って50歳。酒もタバコもやらない仕事一筋の生真面目な男だ。
20年前に技術者としてアイテックに中途採用されたが、先代に見込まれて長女と結婚。中学生と高校生の娘の父親でもある。家では妻にも子供にも頭が上がらない典型的な中年オヤジだ。
10年前、先代が会長に退いたことを機に社長に就任した。高尾フィルムは医療用検査機器の大手メーカーで先代からの得意先。創業当初からのつき合いで、実質アイテックは下請けのようなものだった。
「はい、お電話代わりました。木馬路目です。いつもお世話になっております。えっ、注文のキャンセルですか?」
ノジマは軽いノリで話を続ける。
「いやー上からの命令でクレーに発注することになっちゃってさ。いつも良くしてもらっているのに悪いねぇ。また、穴埋めするから今回は泣いてくれるかなぁ」
「はぁ~」
電話を切ると砂夫は大きなため息をついた。
「これで3件目のキャンセルや、ホンマどないなってるんやろ」
クレーはアイテックのライバル会社で2社は互いにシェアを分け合っていた。今まで取引先がバッティングすることはなく、高尾フィルムからの仕事はアイテックがほぼ独占的に受注してきた。暗黙のすみ分けがあったのだが、どういうわけかここにきてクレーが浸食してきた。
百年に一度と言われる大不況下で得意先から見放されることは従業員10人クラスの中小企業にとって死刑宣告に等しい。危機感を募らせた砂夫は真相を確かめるために東京へと向かった。
--- 高尾フィルム東京本社 --
「アイテックの木馬路目です。ヤマシマ常務をお願いします」
応接室に通された砂夫は泣きそうになりながらヤマシマを待った。
「お待たせしました。わざわざアイテックの社長さんがお見えになるなんて…。で、ご用件はなんでしょう?」
銀ぶち眼鏡の奥で光る鋭いまなざしを向けながら威嚇するヤマシマ。砂夫は蛇に睨まれた蛙のように硬直しながら、やっとの思いで口を開いた。
「今日だけで御社からの注文が3件もキャンセルになったのですが、いったい…」
その声を遮るように、ヤマシマはしゃべり始めた。
「私が命令したのですが、何か問題でもありますか?」
応接室に響き渡る怒声に縮み上がる砂夫。しかし、ここは引き下がれないと勇気を振り絞ってヤマシマに食い下がる。
「では、な、なぜクレーに発注を…」
言い終わらないうちにヤマシマが被せる。
「私のやり方にケチをつける気ですか、気に入らないならウチの取引先から外れてもらってもいいんですよ?」
「……」
二の句が継げずに話は終了。まったくとりつく島もない。ガックリと肩を落として高尾フィルムを後にする砂夫はまるでキツネに摘まれたような気分だった。
捨てる神と拾う神

「社長、大変です。高尾フィルムからの発注がすべてキャンセルになりました。残っているのは、やりかけの小さな仕事だけです!」
言い終えた社員の表情は暗く沈んでいた。
「何でやねん!ウチは何も悪いことしてへんのになぁ」
1ヶ月が過ぎても高尾フィルムからの発注はなく、営業はいつも手ぶらで帰ってくる。この不景気では新規の顧客開拓もままならず、やがて運転資金は底をつき、社員に払う給料も底をついた。家賃や光熱費も滞納し、もはや四面楚歌。振り出した手形の期限も間近に迫っていた。
「今夜が最後になるなぁ、ホンマ、短い人生やったわ。お父ちゃん、お母ちゃんゴメンな…」
思い詰めた砂夫は会社が入居しているビルの屋上で手すりから身を乗り出しながらつぶやいた。
「落ちたら痛いやろな、でもしゃーない、1、2の3で飛び降りるで。せーの、1、2のサン!」
砂夫の体が宙に舞おうとしたまさにその瞬間、誰かがタックルをしてきた。
「いっ、痛い!だ、誰やねん?」
床に転がった砂夫の前に壁のように立ちはだかる一人の男。おもむろに一枚の名刺を差し出した。
“甲冑コンサルティング 代表取締役 甲由月(こうゆずき)”
よく見ると男は何か見慣れないかぶり物をしている。
「おぬしはこの兜が気になるのか。これは藤堂高虎が愛用していた唐冠形兜じゃ。飛行機のプロペラのような大きな鍬形にインパクトがあるじゃろ。豊臣秀吉公から拝領した由緒ある兜じゃぞ。大阪夏の陣で着用したことは有名なエピソードじゃが、おぬしは知らぬか?」
キョトンとしている砂夫にマイペースで畳みかける怪しい男。妙な空気が流れ、今までの重たい雰囲気は何処かへと吹き飛んだ。
「めったなことで死ぬなんて考えたらいかんぞ!武士の命は主君のために使うものじゃ」
「ぶ、武士って…。このオッさん、頭のネジが一本抜けとるンとちゃうか?」
いぶかしがりながらも砂夫は窮状を訴えた。
「そんなことを言うても、ワシの生命保険しか会社を守る方法は無いねん!」
「事情はわかった。でも、死んでは花実が咲かん。そうじゃ、良いものを授けよう」
男はそう言いながら小さな風呂敷包みを砂夫に渡した。
「これって、ひょっとすると山梨土産の信玄餅ですか?」
「ブーーー!おしいけどハズレじゃ。ピンチの時に開けると必ずやおぬしの力になるじゃろう」
砂夫はもらった包みをひっくり返したり持ち上げたりして、ひとしきり眺めた。
「まさか爆発するとかやないやろな?」
と顔を上げると、男の姿は煙のようにどこかに消えていた。
「あれは夢か幻か…」
でも、これは確かに現実。砂夫の手には小さな風呂敷包みがしっかりと握られていた。
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