- 2006/07/20 掲載
【ソクーロフ監督インタビュー】「昭和天皇」を描いたとして話題の映画『太陽』 (2/3)
イッセー尾形が「昭和天皇」を演じた映画『太陽』
Q.映画を観ていて、ひとつ気になったことがありました。音です。たとえば、御前会議の場面。筆記する鉛筆の音が静まり返った空気を誇張させていました。あるいは、これは別のシーンですが、虫の羽音が聴こえる。話の展開からすると、不必要なノイズです。この音によって、その場の緊張を表現されようとしたのでしょうか。
ソクーロフ■音には、いろんな意味があります。後者の例では、いかなる悲劇が待ちうけていようとも、人の命というのは継続して流れていくだろうというのを、空気にこめてみたかった。生命は河のように継続するものです。私たちが生きていようが、死のうが、河は流れていくものです。虫の羽音も、自然の一部であり、命が継続していくものです。
これは私の小さいころの思い出ですが、樹がざわめく音を聴いて、走っていったことがありました。
『ママ、樹がいましゃべったよ』と母に言ました。母は笑って、『おまえがそこに行く前から、樹はあそこにいたのよ。だから、おまえが行く前から樹はお話していたし、おまえがいなくなってからもお話し続けるのよ』と言ったのです。
子供心に私は、無念さを覚えました。自然というのは、人間がいようといまいと、個別に生きているのだということです」
Q,そういえばデビュー作である、ひとりの農婦を描いたドキュメンタリー映画『マリア』の中でも、虫の音が会話中に聴こえていました。
ソクーロフ■あれはミツバチでしたね。この世界というのは、私たちが素晴らしいと思ったところで、自然の側からすれば、ただそこに存在するだけ。私たちのために在るわけではない。私たちが『なんと美しいんだ』と言ったところで、言われたほうはキョトンするでしょう。
Q.もう一つ印象的だったのは「視線」です。マッカーサーとの対談後、皇居に戻った天皇は、侍従の気遣いにいらだちを隠そうとしない。「人間宣言」を迫られたという事情があるわけですが。それまで見せたことのない天皇の一面です。ついに老侍従に対して「ひとりにしてくれ」と声をあらげてしまう。戸惑う侍従と不機嫌な天皇。いたちごっこのように両者の視線を追う、その構図に作者の意図を感じました。 あるいは、部屋で天皇がひとり、ハリウッドスターのブロマイドを眺めている。常に「見られる」存在である彼が、写真の中の俳優たちを眺めている。「見られるもの」と「見る側」の対比を意識的に組み込んでおられますね。
ソクーロフ■ワンカット、ワンカットを意図して撮影しています。私たちの意図をよく汲み取ってくれたので、特別に秘密にしているものを明かしましょう(と、書類ケースをあけると、緻密にアングルを描きこんだ絵コンテの束がつまっていた)。これは7月に撮影が開始される次の映画の絵コンテです。どの視点から撮るのか。これはとても重要です。ここは足もとだけを映すというように、各カットを指定しています。なぜならカットの一つひとつに意味があるからです。それぞれのシュチエーション、ドラマツルギー、感情、それらは監督によって深く考え抜かれたものであり、ここに監督の仕事はあると思っています。これと同じように『太陽』も詳細な絵コンテを準備しました。もちろん、撮影中に変更はありましたが。
今回の映画の手法は、主人公の内面から描いています。作者の私は、だから主人公の隣にいつもいました。主人公の眼差し、気持ち。そこから見えるものだけを描いています。
歴史上の事件について、主人公の目でとらえることのできないものについてはあえて映像にしていません。観客は、主人公が見たもの目にし、主人公が感じたものを感じるというつくりになっています。マッカーサーのところに行くまでヒロヒトは、アメリカ大使館の車に乗って、東京の廃墟を目にします。彼の目、彼の心で、観客は敗戦の東京を見るわけです
Q.壮絶な廃墟に見えましたが、天皇の目に飛び込んだものは、暗澹としたものであったであろうということですか。
ソクーロフ■製作にあたり、たくさんの資料を集めました。史実では、屋根の上から東京の景色を目にしたとありましたが、そこは劇映画としてそのように作り変えています。これは史実に基づいた劇映画ですから。
あの廃墟の映像、私の両親も戦争で非常に苦しみました。私は戦後に生まれていますが、DNAの中にその記憶は組み込まれています。
第二次世界大戦では、数千の都市が破壊されました。当時のソ連では、2600万人の人が亡くなっています。日本は300万人です。しかも、この数字は氏名がはっきりとしている人たちです。不明者も含めれば確実に上回ります。
このような作品をつくるとき、ロシア人の私はロシアのこうむった悲劇、生命の消失を脳裏から取り去ることはではきません。戦争に対する憎しみ、哀れみの感情をこめざるを得なくなります
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