- 2006/07/20 掲載
【ソクーロフ監督インタビュー】「昭和天皇」を描いたとして話題の映画『太陽』 (3/3)
イッセー尾形が「昭和天皇」を演じた映画『太陽』
映画『太陽』は、ソクーロフ監督のライフワークともいえる「歴史四部作」の三作目にあたる。「20世紀の多くの人々の運命にかかわった人物」というのが三作に共通するテーマで、これまでに、ヒトラーを描いた『モレク神』、レーニンを描いた『牡牛座』がある。20世紀の影響力をもった指導者の「人間性」に焦点をしぼるのが作品の狙いだ。
Q.『太陽』は昭和天皇のプライベートな一面を際立たせていますね。
ソクーロフ■そうです。将来、私はバトンタッチしますので、歴史上の事件としての天皇像については、日本の映画監督が本格的な映画にしてもらえたらと思います
Q.映画の全体をとおして考えたことがあります。それは人間の「心」とはいったい何かということです。たとえば、役者がつぶやく台詞を「心」の表明と判断しがちですが、『太陽』の中ではストレートに天皇が心情を表す台詞はありません。台詞にならない部分、彼のふるまいから、孤独に呻吟し葛藤する天皇という個人の「心」が見えてくる。想像を起こさせるように作られています。
ソクーロフ■なぜそのように撮るのかというと、日本人の性格を愛しているからです。所作から想像させられる文化がある。
ときどき私は日本にいるときのほうが、わが祖国にいるときよりも落ち着くことがあります。14年前に初めて私は日本に来たのですが、一秒たりとも他所の国に来たという意識になったことがありませんでした。古くからの知り合いの人たちと一緒にいるように思えるのです。
ただ、日本人は、私が思うに、ものすごく疲れている。疲労困憊している人たちばかりを目にしてきました。若い人も、年いった人たちも。みんな疲れている。どんなに楽しげに大声をあげて笑っていようとも、です。そこにまた愛おしさを感じました
Q.映画の中で秀逸だったのはラストカットです。「人間宣言」の録音に立ち会った技師が自決したという報告を受けた直後の天皇の、その一瞬の表情。誰もが見たいと思う表情をカメラはわざと逃しています。天皇を映さず、間近で見ている皇后の顔のアップへとパンさせています。このカットから何を汲み取るのか。巧みに想像力を刺激し、重要な判断をソクーロフさんは、観客にゆだねられていますね。
ソクーロフ■この映画は観客の一人ひとり向けて、さしむけられた映画であり、一人ひとりの受け止め方はぜんぶ違ってくると思います。それでいいんです。それぞれの人には、ご自分の天皇観、歴史観があるでしょう。だから、異なる受け止め方をしてもらっていいのです
Q.先ほど身近に感じるとおっしゃられましたが、ソクーロフさんの生地シベリアと日本では遠く、距離があります。
ソクーロフ■そんなに違いませんよ。もっとも重要なことは何かというと、私たち誰もが望むことは、生きていきたいと思うこと。その点では、日本人は自然の法則にのっとって生きているように思えます。そして、人々の抱える問題は日本もロシアも共通しています。政治にしても、どこか他所の天体からやってきた人たちが政治を取り仕切っているかのように思えること、これは日本もロシアも同じでしよう笑い(笑)。
これまでに、私は『オリエンタル・エレジー』をはじめ三作の映画を日本で撮っています。北から奄美大島まで旅をしてきて、お寺のお坊さん、農業を営んでいる人たち、作家、画家、いろいろな人たちと出会ってきました。すべて、この『太陽』への道程だったといってもいいでしょう(笑)。
ヒロヒトを演じたイッセー尾形さんは、とても素晴らしい俳優です。日本の宝ですね。尾形さんにまで至る道は、長い、長いものでした。でも、この道はこの映画を作るためには、必要な学びの道でした。その過程で、日本の文化に対する私の愛も育まれてきました。この『太陽』が上映されることになったことは、とても嬉しいことです。
この映画は、日本を大事だと思う人、日本の未来を大切と考える人たちにこそ観てもらいたい。なぜかというと、61年前に戦争は終わったと思われがちですが、実はまだまだ戦闘は終わっていません。世界のいたるところで戦争は続いていますし、日本にも近づいています。とても危険なほど近くまで。
この21世紀に、もしもまた戦争が起こるとしたなら、20世紀の戦争よりも悲惨なものになるでしょう。そうなれば、永い歴史をもつ日本の文化すべてを喪失することになりかねません。私はこの国を愛するがゆえに、大変不安に思っています。私はこの国にいる皆さんよりも少しだけ離れたところで生きているがゆえに、見えないものが見えているのかもしれません。だからこそ、こんなに長いモノローグを皆さんの前で、してしまったのかもしれません
(取材・構成=朝山実、通訳=児島宏子)
●アレクサンドル・ソクーロフ
1951年、シベリアのイルクーツクに生まれる。
ロシア映画界の代表的存在として世界に名を知られており、日本に関する映画も複数手がけている。 作品は『マリア』、『オリエンタル・エレジー』、『穏やかな生活』、『モレク神』、『牡牛座』、『エルミタージュ幻想』など多数。
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