連載:キャラクター経済圏~永続するコンテンツはどう誕生するのか(第1回)
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『ウマ娘』の大ヒットによりサイバーエージェントが業績を伸ばすなど、近年エンタメ業界において「コンテンツがヒットするかどうか」「作品のヒットを収益に結びつけられるか」がますます重要な要素となってきた。とはいえ、こうしたコンテンツビジネスの成否は、コンテンツ自体の魅力だけでなく、コンテンツの流通構造、ユーザー側の意識、コンテンツ運営の在り方、マーケティングなど、あらゆる要素によって決まるため、勝ちパターンを導き出すことが難しい。そこで本記事は、累計1,000億円を生み出した大ヒットコンテンツ『ソードアート・オンライン(SAO)』の事例から、作品ヒットから収益を生み出すポイントを考えたい。
SAOは「ラノベ界のドラゴンボール」と言える理由
『ソードアート・オンライン(以下、SAO)』は、次世代型VR(仮想現実)ゲームであるSAOにログインした主人公キリトが、主人公を含む1万人のゲームプレイヤーと共にゲーム世界に囚われてしまい、そこから抜け出す(ログアウト)ためにゲームクリアを目指すというストーリーだ。
2022年はSAOのアニメ放送10周年になる。原作者である川原礫氏が自分のウェブサイトに最初の作品を投稿した2002年から数えれば20周年となる。それほど前に書かれた作品でありながら、現在のメタバースブームを予見していたかのような先鋭的な内容だった。
SAOは、川原氏が第15回電撃小説大賞を受賞した『アクセルワールド』でKADOKAWAデビューしたのをきっかけに“発掘”された作品だ。そこから2009年になってからようやくライトノベルとしての出版が実現した。
当時からSAOの評価は高く、宝島社が発行するライトノベルガイドブック『このライトノベルがすごい!』で2012・13年作品部門連続1位、「2010年代総合ランキング」では堂々の総合1位を獲得。累計2600万部という販売部数は歴代ラノベ作品としては、『とある魔術の禁書目録』『とある科学の超電磁砲』『とある科学の一方通行』の3作品からなる「とある系」と、『転生したらスライムだった件』をはじめとする「転スラ系」につぐ歴代3位の金字塔を打ち立てた。
1桁違うが、漫画コミック界に置き換えれば『ONE PIECE』『ゴルゴ13』に次ぐ『ドラゴンボール』の位置付けにあたる。
小説50冊・アニメ120話、20年続いたSAOの全体像
SAOのストーリーをストーリー上の時間(ゲーム内時間)とストーリーが展開される場面(ゲーム内の展開場所)の軸で整理したのが図表1である。
(1)アインクラッド編(小説第2巻・アニメ第14話)
この物語は、茅場晶彦というマッド・サイエンティスト的登場人物がSAOの世界のゲームマスターとなり、ゲームにログインした参加者をログアウト不可にして1万人をVR空間に閉じ込めた(1)「アインクラッド浮遊城編」から始まる。
ゲーム内時間で言うと「2022年11月」に事件が起き、主人公キリトが茅場を倒して、そこまでで生き残った約6000人を救って生還することになる「2024年11月」までの2年間が、小説第2巻・アニメ第14話までで描かれている。
SAOの世界では、脱出不可能なVR空間、かつゲーム内で死ぬと現実世界の自分も死ぬというデスゲームの条件下で、脱出をあきらめてゲーム内で結婚・生活し村人化するプレイヤーや、逆に法治のない体制下でプレイヤー殺しに興じるプレイヤーなどが出てくる。
このように本来は単線型であるRPG内で、ゲームの参加者が多様化・“社会”化していく過程は、まさにメタバース空間社会の思考実験作とも言える。なお、オンラインゲーム『ウルティマ・オンライン』にも同じような特徴が見られる。
(2)フェアリィ・ダンス編(小説第4巻・アニメ第25話、テレビアニメ第1期)
この(1)のみで視聴を終えている人も多いのではないだろうか。その後、(1)の主戦場となる仮想世界「アインクラッド浮遊城」が崩壊しても現実世界で目覚めることのないヒロインのアスナを救うため、主人公キリトが別のVR空間ALO(アルヴヘイム・オンライン)に没入することになる。
この小説第4巻・アニメ第25話までに当たるストーリーが(2)「フェアリィ・ダンス編」であり、「テレビアニメ第1期」で描かれた。
(3)~(5)ファントム・バレット、マザーズ・ロザリオ、キャリバー編(テレビアニメ第2期)
次に、銃と武器による激しいバトルフィールドとなっていたGGO(ガンゲイル・オンライン)と呼ばれる空間で展開されるストーリー(3)「ファントム・バレット編」と、生まれ変わった新生ALO空間で繰り広げられるストーリー(4)「マザーズ・ロザリオ編」(5)「キャリバー編」も合わせた25話分が「テレビアニメ第2期」となる。
(6)アリシゼーション編(テレビアニメ第3期)
そしてGGOのショックから新たに飛ばされたUW(アンダーワールド空間)で主人公キリトがふたたび現実から遮断される(6)「アリシゼーション編」を描いた「テレビアニメ第3期」も含めると、すでに100話超の長編である。
だがSAOの魅力はこうしたメインストーリーのみならず、その派生の多様さにある。OVAアニメとしてのEE(Extra Edition)や小説のみで展開されるサイド・ストーリー、スピンオフ作品がありつつ、主人公が変わった「GGO編」もまたアニメとして存在している。劇場版2本とスピンオフも入れると、小説でも約50冊、アニメで120話を越え、50時間近くの大長編物語となる。
盛り上がりのピークとなったのは一世を風靡した劇場版アニメ「オーディナル・スケール(OS)編」(2017年)で新しいAR空間のアリシゼーションが描かれているところなど、時系列に配慮しながら丹念に描かれ続けるキリトとアスナの物語である。
長く愛される理由は「キャラ・ストーリーの構造」
興味ない人には複雑の極みだが、ファンにとってはこの上なく考察や議論を重ねる、歯ごたえのある深みになる。ほかで展開されるシリーズものと比較しても、キリトとアスナという主人公の柱がしっかりしているため、10年続いているわりには比較的シンプルに、整合性をもって“運営”され続けている作品とも言える。
作品の長期運営の難しさは容易に想像がつく。『サザエさん』にしても『ドラえもん』にしても、延々とストーリーを紡げるのはキャラクターと関係性を固定して、場所と物語だけをどんどん変遷させていくオムニバス形式だ。
だが、そこに登場人物の成長やゴールへの達成といった「変化する指数」を入れると、「今、悟空は戦闘力何兆なのか」とか、「日本一になった大空翼は読者の興味が届かない南米・イタリアを舞台にどう話を持たせるのか」とか、“運営しづらい”要素に突き当たってしまう。商売を重視しすぎて物語が“殺される”事例もあれば、物語をきれいに完結させるあまりにブームの火付けが間に合わない・認知度のわりに商売になっていない事例も枚挙に暇がない。
このような難しさを超えたところにSAOの凄さがある。ここからは、SAOのキャラクターが生み出した経済圏について解説していく。
【次ページ】年間200億・累積1,000億円超、「SAO経済圏」の凄さの秘密
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