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個人の趣味・嗜好が細分化する時代で、ヒット商品を生み出すことが難しくなってきています。こうした中、エンタメの世界では、新しいヒットを生み出す形が見られるようになっています。その代表的な事例に『君の名は。』の大ヒットが挙げられます。ここでは、ハーバード・ビジネススクールのアニータ・エルバース教授の著書で紹介されている戦略をもとに、『君の名は。』のヒットのカラクリを解説します。
『君の名は。』は少なすぎる予算・宣伝費だった?
前回の記事では、ハーバード・ビジネススクールのアニータ・エルバース教授の著書『ブロックバスター戦略』で紹介されている、新商品をリリースする際の戦略を引用しながら、レディー・ガガの大ヒットのカラクリを解説しました。
レディー・ガガがヒットを生み出せたのは、製品リリース前からSNSなどでプロモーションを段階的に行って、商品リリース後の売れ行きに合わせて宣伝コストを調整する「限定リリース戦略」と、作品リリースの直前までに宣伝プロモーションに大きな予算を投じて話題性をピークまで高め、リリース後短期間で売上を出す「ワイドリリース戦略」の、2つの戦略の使い分けにあることを説明しました。
今回は、デジタル化によってプロモーションが難しくなった現代において、ヒット作を生み出すヒントになるような「リリース戦略」の形を探るべく、2016年8月に公開され、日本の映画歴代第3位の興行収入(250億3,000万円)を達成した『君の名は。』のヒットのプロセスを紐解いてみます。
『君の名は。』は、2つの「ない」が揃った状況で制作・公開がスタートしました。
- (1)予算が潤沢ではない(メガヒットを狙う作品に比べて予算が低い)
- (2)宣伝費が十分ではない(『秒速5センチメートル』などでも知られる、アニメーション監督の新海誠氏の作品は、一定の顧客層に支持されるカテゴリーのため)
エルバース教授が論じる映画メガヒットの法則は「制作費と宣伝費がどちらも莫大であること」ですから、『君の名は。』が置かれていた状況は、まさにその真逆だったと言えます。
実際に、どれほど宣伝費が少なかったかと言うと、新海誠監督がこれまで手がけてきた映画のうち、『君の名は。』以前の作品の興行収入は、およそ1億円程度で、前作にあたる映画『言の葉の庭』(2013年公開)の宣伝費は、約1,000万円程度でした。
通常、コンテンツの宣伝費は、シリーズ作品ならば前作の興行収入、単発作品ならば監督や主演俳優の前作の興行収入などを元に計画されます。こうした背景があり『君の名は。』も、中規模作品の制作費・宣伝費だったのです。
公開前から話題沸騰、そのワケとは?
ところが、この作品では公開前から主題歌を担当したRADWINPSや主演俳優についてのTwitter投稿数が急増する現象が起こりました。
マーケティング支援などを行うBONDIC社が公表している分析資料『興行収入に影響する告知と口コミの関係〜「君の名は。」は全全全然ヒットしていない!?〜』には、『君の名は。』の公開1週目以降のSNS投稿数(図表1)とTV放送分数の推移(図表3)が掲載されています。
SNS投稿数は映画公開2週間後でピークに達しており、以降は減少していきます。
図表2は、毎週発表される累計動員数と、興行収入について前の週との差を算出した週ごとの増加額をグラフにしたものです。SNS投稿数と同じく、第2週あたりをピークに動員数、興行収入とも減少していることが分かります。こうして見ると、『君の名は。』は、リリース直前までに膨大な宣伝費を投じて話題性を高め、リリース後短期間で売上を出す「ワイドリリース戦略」の典型です。
ところが、この映画が単なるワイドリリース戦略型だとしたら、公開後48週という記録的ロングランにはならなかったと私は考えます。なぜ、これほど長い期間、売上を伸ばすことができたのでしょうか。
【次ページ】『君の名は。』のロングラン上映、記録的ヒットの要因
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