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日本の産業界を大きく揺るがす危機的状況として、警鐘が鳴らされている「物流の2024年問題」。物流の2024年問題とは、2024年4月1日以降、トラックドライバーの時間外労働時間の上限が年960時間に制限されることにより発生する諸問題のことである。この上限規制の発動まで残り1年を切った。にもかかわらず、ある実態調査によればこの大問題を知らない人が半数にも上るという。こうした中、物流の現場はどのような状況に置かれているのだろうか。日本に住む誰もが無関係ではいられない「物流の2024年問題」について、物流関係者の生の声を取り上げながら、わかりやすく解説していこう。
物流の2024年問題とは何か
「物流の2024年問題」とは、働き方改革関連法によって、2024年4月1日以降、「自動車運転の業務」に対し、年間の時間外労働時間の上限が960時間に制限されることで発生する諸問題の総称である。
2019年4月1日に施行された働き方改革関連法では、以下の3つをポイントとしている。
- 年次有給休暇の時季指定
- 時間外労働の上限制限
- 同一労働同一賃金
働き方改革関連法では、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間に制限され、労使間で三六協定を結んだとしても、時間外労働は年720時間に制限される。働き方改革関連法は、大企業では2019年4月から、中小企業では2020年4月から施行された(図1)。
だが、時間外労働の上限規制適用が、5年間、つまり2024年まで猶予された、あるいは適用が除外された事業・業務がある(図2)。
自動車運転の業務、すなわちトラックやバス、タクシーの運転手などについては、働き方改革関連法が目指す時間外労働の上限規制に対し、あまりに実情がかけ離れているため、猶予が与えられたのだ。
結果、トラックドライバーに対しては、2024年3月31日までは時間外労働の上限規制はなし。細かい規制条件の記載は省くが、2024年4月1日以降は、三六協定の締結を条件とし、上限960時間という、時間外労働時間の制限が施行されることになる。
この年960時間は目安として、1カ月平均で80時間となるが、1カ月の上限については規定がない。たとえば、ある月に時間外労働が100時間に達したとしても、他の月で時間外労働を削減して、年960時間に収めれば良いこととなる。
なお、これでも働き方改革関連法の一般則、すなわちトラックドライバー以外の一般的な労働者における時間外労働の上限である720時間とは、240時間もの隔たりがある。この隔たりについて、働き方改革関連法では、「将来的な一般則の適用について引き続き検討する旨を附則に規定」、すなわち「将来的には、トラックドライバーも、時間外労働時間を年間720時間にするかもしれませんよ」と含みが持たせられている。
物流の2024年問題は「政府が仕掛けた」?
物流業界では物流の2024年問題と同じく、トラックドライバー不足という大きな課題に直面している。しかし物流の2024年問題とは明らかに課題の性質が違う。
ドライバー不足問題は、日本が直面している少子高齢化による労働人口減少に、運送ビジネスが抱える構造的問題(収入が低い、イメージが悪いなど)が作用し、自然発生した課題である。
対して物流の2024年問題は、厚生労働省が主導する働き方改革の弊害として生じた課題であり、火消しに動いているのは、国土交通省、経済産業省、農林水産省である。これはまさしく政府によるマッチポンプ(自分で火をつけて騒ぎにした後、その騒ぎをしずめる側に回ること)である。
ではなぜ政府はこのようなマッチポンプを仕掛けたのだろうか? その理由をひも解くには、働き方改革の目的を再確認する必要がある。
日本の労働生産性は、諸外国と比べて極めて低い。2022年における1人当たり労働生産性は、OECD(経済協力開発機構)加盟38カ国中29位であり、1位のアイルランドに比べて36.0%、4位の米国と比べても53.3%の水準にある。過去20年以上、日本の労働生産性は20位以下の下位に甘んじてきたが、コロナ禍により、日本の順位はさらに下がってしまった。
この原因の1つが、長時間労働を尊いものとして考えてしまう、日本人の国民性だろう。働き方改革が長時間労働に制限をかけるのは、長時間労働に頼らずとも生産性を上げる努力や工夫を、企業や国民にお願いするためだ。
物流業界は、代表的な労働集約型産業である。
それゆえに、工夫を凝らさずとも、労働者(ドライバー)に長時間労働を強いるだけで売上を拡大することができた。しかし、バブル崩壊以降の景気低迷によって、立場の強い荷主による運賃の買いたたきや過剰な付帯サービス要求(ドライバーによる荷役など)が横行し、結果ドライバーの長時間労働はそのままに、収入だけが下がっていった。
このままドライバー不足を放置すれば、2030年には輸送能力の19.5%(5.4億トン)が不足するという
試算結果もある。
「いや、ドライバーの給料をアップさせれば、ドライバー不足や物流の2024年問題なんて簡単に解決するよね?」という人もいるが、それは大間違いだ。生産性向上が伴わないドライバーの収入アップは、運賃アップ、ひいては物価上昇に直結し、結局ドライバー自身の生活を苦しくする。そもそも労働人口が減少する日本社会において、特定の業種・業界に人を集めれば、その他の業界が人不足で苦しむだけだ。
物流の2024年問題は、ドライバーの長時間労働を禁じ手とすることで、運送ビジネス、ひいては物流ビジネス全体を、「もっと生産性を向上できるように、皆で努力しましょうよ!」という、政府が生み出した治療法なのだ(個人的には荒療治が過ぎるという気もするが)。
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物流の2024年問題がもたらす「悪影響」
では物流の2024年問題によってどういったことが起き得るのか。物流の2024年問題がもたらす課題は、段階的に3つに大別される。
- トラックドライバーの労働時間・給料が減少
- トラック輸送リソースが減少する
- モノが運べなくなる・モノが作れなくなる
これらの課題により、運送会社や荷主企業は図3のような悪影響を被ることが想定され、結果的に大幅な物流コストの上昇が懸念されている。
それでは、3つの課題についてより詳しく解説しよう。
物流の2024年問題の課題(1):トラックドライバーの給料減少
運送ビジネスは、典型的な労働集約型産業である。売上の原資たるドライバーの労働時間を減らせば、それに比例して売上も減る。結果、ドライバーは労働時間の抑制で時間外手当てが減る一方、会社の売上減少で基本給アップも見込めず、給料が減少する恐れがある。
給料が減るのであれば、「もうトラックドライバーを辞めて転職しよう」と考えるドライバーもいるだろう。
『物流の2024年問題』対策のため、もし給料が下がった場合、半数以上が転職する──これは、トラックドライバー求人サイト「ブルル」が実施した
アンケート(回答者数663名)の結果である。その内訳は、「トラックを降りる」が28.8%、「他社に転職」が24.7%。物流の2024年問題は、トラックドライバー不足にさらに拍車をかける可能性がある。
物流の2024年問題の課題(2):トラック輸送リソースの減少
物流の2024年問題は、ドライバーの総稼働時間に制限をかける。たとえば、1日11時間働いていたドライバーが、8時間しか働かなくなれば、単純計算で輸送リソースは3割近く減少する。
物流の2024年問題の課題(3):モノが運べなくなる・モノが作れなくなる
「ウチの貨物は長尺物だから、パレタイズ(パレットに貨物を載せること。これにより荷役の省力化を実現できる)は無理。積み下ろしに3時間ずつかかるんだけど、手積みじゃないと積載効率も下がるしね」
これまで、運送会社は荷主よりも弱い立場にあった。だからこそ、運送会社に対し、「ウチの要求を聞けないのであれば…、運送会社なんて他にもたくさんあるからね」と高圧的に取引停止を匂わせ、「手間がかかる」「時間がかかる」といった運送案件も無理強いしていた荷主もいた。
だが物流の2024年問題は、運送会社と荷主のパワーバランスを変える可能性がある。今までよりも運送会社の立場が強くなるのだ。結果、「手間がかかる」「時間がかかる」といった貨物は、輸送リソースの減少により運送会社から敬遠されることになる。
敬遠される貨物が、完成品であれば「モノが運べなくなる」、部品や原材料であれば「モノが作れなくなる」のだ。
ここで挙げた「物流の2024年問題がもたらす物流ビジネスへの悪影響」は、すべての荷主、すべての運送会社が、物流の2024年問題を回避すべく、合理的かつ前向きな行動を起こせていなかった場合に起き得る1つのシミュレーションである。
【次ページ】物流の2024年問題の「4つの現実」
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