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- 2021/06/09 掲載
日本のメディアが報じる「ベラルーシのIT産業崩壊」は誤り、現地調査が伝える真実
Beljtech inc. CEO/ Aloteq アジア大洋州統括 東京外国語大学ロシア語卒。丸紅、外務省在外公館専門調査員として勤務。ロシア、ベラルーシにそれぞれ2年、合計4年駐在。現在、ベラルーシやポーランドのエンジニアとともにWebアプリやスマホアプリの受託開発を手がけるBeljtech Inc.のCEO。 Twitterアカウント
東欧のシリコンバレー、ベラルーシを襲った政治不安
2020年8月9日、ベラルーシでは大統領選が実施された。ベラルーシでは、「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ氏が大統領として君臨しており、本選挙に至るまでにも有力対立候補が次々に逮捕されるなど、政権による非民主的な手法が目立っていた。選挙当日、政権の対応に怒りを抑えきれなくなった国民が抗議集会を実施したが、治安当局は暴力的な形での鎮圧を図り、約3千人もの逮捕者が出る事態となった。また、翌日以降も国民による抗議運動と治安部隊による暴力が繰り返され、ベラルーシはたちまち政治混乱に陥った。
現在、治安部隊の暴力や恣意的な拘束等は一時期と比べだいぶ落ち着いた印象にあるものの、依然、反政権を掲げる国民や企業に対する締め付けは続いている。
その混乱の中、ベラルーシ経済のけん引役を担っていたIT企業の多くが、反政府的姿勢をとっており、「ベラルーシの多くのIT企業が他国に移転する」などうわさされるようになった。
「シリコンバレー崩壊」を伝える日本の報道
ここで日本における報道を振り返りたい。以下が、日本でベラルーシの現状を報じた記事の見出しだ。・GIGAZINE
独裁者の弾圧により「東欧のシリコンバレー」ベラルーシのIT労働者が国外脱出へ
(2020年9月7日公開)
・東京新聞
「東欧のシリコンバレー」ベラルーシ、IT企業が国外に移転 政権の市民弾圧に反発
(2020年9月18日公開)
・中日新聞
IT企業、国外移転相次ぐ 「東欧のシリコンバレー」ベラルーシ
(2020年9月18日公開)
その他「東欧のシリコンバレー崩壊」とあおるような記事もあった。「ベラルーシ」=「東欧のシリコンバレー」と認識してもらっていたことは非常にありがたい限りであるが、本当に、IT企業の国外移転が相次いでいる状況で、ベラルーシのIT産業が崩壊の危機に瀕(ひん)しているのだろうか。
当時現地にいた私としては、確かに政治混乱が続いているものの、一部報道やメディアで言われているほどでもないと感じていた。
データで見るベラルーシIT産業の実態
というわけで、果たして本当に「ベラルーシIT企業の国外移転が相次ぎ」、「東欧のシリコンバレーが崩壊」しているのか、それぞれ可能な限り定量的に見ていきたい。まずは、ベラルーシ経済におけるIT産業の近況を見ていく。
- IT産業年間輸出額
2019年24億ドル
→2020年約27億ドル(12%増加)
- GDPに対するIT産業の割合
2019年約6%
→2020年約6.5%(0.5%増加)
- 2020年第一四半期および2021年第一四半期の比較
2020年第一四半期IT産業輸出額:6億5千万ドル
→2021年第一四半期IT輸出額:7億3千万ドル(約13%増加)(出典:ベラルーシ国家統計局)
2020年はコロナ禍による世界的な経済後退があったにも関わらず、輸出額を伸ばしたのは特筆すべきであろう。少なくとも依然ベラルーシのIT産業が成長していることがわかる。
続いて、ベラルーシIT産業特区「ハイテクパーク」の直近の動向を見ていく。なお、「ハイテクパーク」に入居すると、法人税の免税(その代わり売上税が課される)、社会保険料の大幅減免等の優遇税制を受けることができ、ほぼすべてのベラルーシIT企業が入居している(最近は、入居希望企業が増えすぎ、事務局が回っていない状況にある)。
- 入居企業数
2019年760社
→2020年996社(236社増)
- 入居企業輸出額
2019年約22億ドル
→2020年約27億ドル(25%増)
- 入居企業納税額
2019年3億ベラルーシルーブル
→2020年約4億ベラルーシルーブル(38%増)(出典:国営ベルタ通信)
入居企業が増えた分、輸出額、納税額も増えて当然と言えば当然であるが、政治混乱の中でも入居企業が大幅に増えたことは驚きである。なお、今年3月に新たに65社の入居が決まった。以上より、ベラルーシのIT産業特区「ハイテクパーク」も依然拡大基調にあることがおわかりであろう。
【次ページ】2021年4月のアンケート結果、国外移転を考える企業は●%
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