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  • 2019/12/17 掲載

半導体のArmがプラットフォームビジネスに参入した理由 解決したかった課題は何か

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半導体設計の大手ベンダーであるArm(アーム)。スマートフォンやタブレットに搭載される半導体のほとんどにその技術が使用され、ソフトバンクグループが2016年夏に320億ドルで買収したことで日本でも話題になった。現在、同社は半導体設計企業からIoT分野におけるプラットフォーマーへと変貌を遂げようとしている。なぜ、Armはプラットフォームビジネスを手掛けるようになったのか。そこに至る背景や同社のIoTプラットフォームの概要や特徴などを『デジタルファースト・ソサエティ』(日刊工業新聞社)を著した3名が解説する。
福本 勲、鍋野 敬一郎、幸坂 知樹

福本 勲、鍋野 敬一郎、幸坂 知樹

福本 勲
東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター 参事、東芝デジタルソリューションズ ICTソリューション事業部 担当部長、中小企業診断士、PMP(Project Management Professional) 。1990年3月早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。 1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアル IoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともにオウンドメディア「DiGiTAL CONVENTION」の編集長をつとめる。 2015年より一般社団法人 インダストリアル・バリューチェーン・イニシ アティブ(IVI)正会員となり、教育普及委員会副委員長、エバンジェリストなどをつとめる。その他、複数の団体で委員などをつとめている。主な著書に『デジタル・プラットフォーム解体新書』(共著:近代科学社) がある。主な Webコラム連載に、ビジネス + IT(SBクリエイティブ)の 『第4次産業革命のビジネス実務論』、Arm Treasure Data PLAZMAの 『福本 勲の「プラットフォーム・エコシステム」見聞録』がある。その他 Web コラムなどの執筆や講演など多数。

鍋野 敬一郎
フロンティアワン 代表取締役 1989年3月 同志社大学工学部化学工学科卒業(生化学研究室)。 1989年米国総合化学デュポン(現ダウ・デュポン)入社、1998年独ソフトウェアSAPを経て、2005年にフロンティアワン設立。業務系(プロセス系:化学プラントや医薬品開発など、ディスクリート系:組立加工工場や保全など)の業界および業務、システムの調査・企画・開発・導入の支援に携わる。2015年より一般社団法人 インダストリアル・バリューチェーン・ イニシアティブ(IVI) サポート会員となり、総合企画委員会委員、エバンジェリストなどをつとめる。また、オンラインメディア IoTNEWSを運営するアールジーンのアドバイザー、エッジAIベンチャーのエイシングのアドバイザーなどをつとめる。その他Web コラムなどの執筆や講演など多数。

幸坂 知樹
電通国際情報サービス X(クロス) イノベーション本部 本部長補佐。1988年3月横浜市立大学文理学部卒業(国際関係課程)。 1988年電通国際情報サービスに入社、CRM、ERP、インターネット関連SI、デジタル・マーケティング、IoT、ビッグデータ、AIのソリュー ション事業の立ち上げに携わる。2015年より一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシ アティブ(IVI) サポート会員となり、教育普及委員会委員などをつとめる。その他講演など多数。

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Armのプラットフォーム構想とはどのようなものか。DXを図る起業のヒントになるかもしれない
(Photo/Getty Images)


なぜ半導体IPベンダーがIoTプラットフォームを手掛けるのか?

 Armは半導体設計を祖業とし、現在も主力事業とする企業である。

 スマートフォンに搭載されるアプリケーションプロセッサのほか、さまざまな機器に内蔵されるマイコンやグラフィック処理チップ、さらにはサーバやスーパーコンピュータに使われる高性能プロセッサまで幅広い種別の半導体チップを対象に、それらが集積する中核回路を開発し、それをチップメーカーに設計資産(IP:Intellectual Property)として提供する事業を30年近くにわたって手掛けてきた。そのArmが今なぜ、IoTプラットフォーム事業に取り組んでいるのだろうか。

 Armは2030年代には1兆個のIoTデバイスが配備されると予測している。現在、世界には30億を超える数のスマートフォン、2億台のPC、8億4000万個のコネクテッドデバイスが存在しているとされるが、「1兆個」はこれらの合算より2ケタも大きな数字である。実現には1兆個のチップが必要であり、その取り組みはArmの半導体IP事業部門がチップメーカーをはじめとするエコシステム・パートナーと協調し、推進していく。しかし、それだけでは十分ではない。IoTの真価はデータ活用にあるからである。

 「IoTの経済効果に大きな期待がかかっている。それを“可能性”から“実績”に変えるようなIoTをつくり出す。それが、コンピューティングやコネクティビティの専門家としての当社の挑戦である」とArmのIoTサービスグループ プレジデントのディペッシュ・パテルは2018年に日本で講演した際に語った。

 IoTの経済効果は、物理世界のさまざまな事象を「デジタルの写像」として複製するために、大量のデータを生成・取得するとともに、デジタル世界のデータと組み合わせて活用することで生み出される。しかし、その実現にはたくさんの障壁が立ちはだかり、それらを取り除く取り組みが今、産業界全体に求められている。

 そこでArmは、IoTにおいてデバイスの実現にとどまらず、データ活用までのエンド・ツー・エンドにわたってテクノロジー面の障壁を除去すべく、IoTサービス事業部門を新たに立ち上げた。

Armが描く、IoTプラットフォーマーとしての成長戦略

 時系列を追うと以下のようになる。まず、2013年に組成した「IoTビジネスユニット」でIoTデバイスに向けたオープンソースの組み込みOSおよび開発環境「Mbed」の提供を開始した。その後、クラウド型IoTデバイス管理サービス「Mbed Cloud」を市場投入し、事業部門の呼称を「IoTサービスグループ」に改めた。しかし、IoTに取り組むさまざまな企業と会話する中でArmに届いた市場の声に応えるには、これだけでは足りなかった。
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IoTの商用・大規模導入で企業が直面する“複雑性”
(提供:Arm)

 こうした背景からArmはさらに、2018年にIoTコネクティビティ管理サービスを提供する英国Stream Technologiesと、エンタープライズ・データ管理技術ベンダーの米国Treasure Dataを買収した。そして3社のプロダクトをまとめ、新たにIoTプラットフォームとして「Pelion(ペリオン)」の提供を開始した。

 このように提供物を拡大することでArmが狙うのは、先に述べた通り、 デバイスからデータ活用までのエンド・ツー・エンドでテクノロジー面の障壁を取り除くことである。具体的にはどのような障壁が妨げになっているのだろうか。一言でいえば、IoTを商用レベルかつ大規模に導入する際に避けて通れない、IoTならではの“複雑性”である。

IoTの進展を阻む、4つの技術課題

 IoTの全体像を大きく4つ、(1)デバイスを開発し、(2)何らかの通信手段 (コネクティビティ)でクラウドに接続して、(3)デバイスを運用・管理しながらデータをクラウドに吸い上げ、(4)異種データと統合して活用する、というように分けてみると、それぞれに次のような課題が存在する。

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IoTの進展を阻む技術課題
(提供:Arm)

(1)デバイスの開発
 IoTでは、ゲートウェイのような比較的ハイエンドの装置から、簡素なセンサー端末まで、プロセッサ性能やメモリ容量、コストなどの制約条件が大きく異なる多様なデバイスを扱う必要がある。さらに、IoTのセキュリティに配慮した設計も求められる

(2)デバイスのコネクティビティ
 Wi-FiやBluetooth、LoRa、セルラー、NB-IoT (Narrow Band IoT) などさまざまな通信規格が存在し、用途によって最適解が異なる。実地配備時にデバイスとネットワークそれぞれのプロビジョニングが必要となる。複数の国・地域にまたがるアプリケーションでは、地域ごとに異なるモバイル通信事業者と契約を結んだり、全地域に散らばるSIMを統合管理したりすることが求められる

(3)デバイスの管理
 実地配備されたデバイスを、そのライフサイクルにわたって、クラウド側からネットワーク越しに管理する必要がある。ただしそのクラウド環境は、パブリッククラウドのみならず、オンプレミスや両者のハイブリッドもあり得る

(4)データの活用
 デバイスから取得したデータのみならず、各種のエンタープライズ・ データや、サードパーティー・データと組み合わせる必要がある。さらに、データから得られたインサイトに基づいて、具体的なアクションが取れるようにする仕組みも不可欠である

 もう1つ、(1)(2)(3)(4)のすべてに関わる重要な要素がセキュリティである。 デバイス、コネクティビティ、データ、これらすべてのパーツについて、ライフサイクルにわたってセキュリティを確保しなければならない。

 IoTでは「サイバー空間」と「現実世界」という2つの世界がつながり、セキュリティの脅威も両方の世界にまたがって存在する。これまで、ITの世界で蓄積してきたノウハウや技術だけでは対応しきれない。また、データ活用でビジネス価値を創出するには、“信頼できるデータ”が必要であり、信頼できるデータは不正なデバイスからは得られないのは自明である。

【次ページ】ArmのIoTプラットフォームの特徴と構成
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