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  • 2015/12/07 掲載

クリステンセン教授が語る、破壊と成長のイノベーション 企業が「ジョブ」に注目すべき理由

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巨大な企業がなぜ新興企業に敗れてしまうのか、その理由を解き明かした企業経営の名著『イノベーションのジレンマ』。その著者であるハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が来日し、イノベーションにおける「破壊」の理論と「成長」の理論について語った。クリステンセン氏は、銀行のビジネスモデル自体がもう現実的ではないと指摘するとともに、企業にとっては顧客の理解よりも顧客の「JTBD(Jobs-To-Be-Done):ジョブ理論」を理解するほうが重要だと説く。
(取材・執筆:編集部 松尾慎司)

photo
ハーバード・ビジネス・スクール
教授
クレイトン・クリステンセン 氏

破壊的イノベーションについての「誤用」

 Japan Innovation Network(JIN)協力のもと、NEC主催C&Cユーザーフォーラム&iEXPO 2015に登壇したクリステンセン氏はまず、「理論」の有用性に言及した。「理論的という言葉は、非現実的とも言い換えられることがあり、英語での理論はあまり高く評価されていない。しかし、理論は経営者にとって非常に有用だ。なぜなら因果関係を示すからだ」(クリステンセン氏)。

 財務諸表には研究開発費という項目がある。この費用は技術的なイノベーションを実現するうえで非常に重要な費目だ。しかし、経営のイノベーションと結びつくモノではなく、これを削ればむしろ短期的な利益すら生むことになる。

「ほとんどの場合、イノベーションは失敗に終わる。それは技術の問題ではなく、経営の失敗によるものだ」

 では、いかにすればイノベーションを成功させ、企業や国は成長できるのだろうか。ここでクリステンセン氏が引き合いに出したのが「破壊」の理論だ。

 たとえば新製品を投入した場合、競合は何をするだろうか。これをクリステンセン氏は3つの丸を使って説明する。もっとも小さな丸は、高いスキルや高度な機器を購入できる人たち。次の丸はこうしたスキルがあまりない人たち。そしてもっと大きな丸は世界中のその他の人々を意味する。


 この中で、事業は小さな丸から始まる。お金があったり、高いスキルを持っていなければ活用できない製品から始まる。逆にいうと、スキルのない人やお金がない人たちはこういった製品にアクセスできない。それを少しずつ改善して、性能を高め、コストを下げるなどして、より多くの人たちに使ってもらおうとする。

 しかし、たとえばインテルのチップでみれば、多くの人はPCを通じて、その性能の15%しか使いこなせておらず、「カスタマーができる満足を超えている」。それでも、こうした改善はどんどん起きてくる。「持続的イノベーション」は行われ続けていくことになる。

「その市場におけるリーダー的なポジションの企業にとって、持続的なイノベーションによって、より良い製品を出し、より良い利益につなげることができる。イノベーターで新しい企業でより良い製品を作っても、成功の可能性はゼロで、絶えず既存企業が勝つ。(持続的な)イノベーションによって、より良い利益が出て、消費者により良い製品が提供するのであれば、既存企業が勝つ」

 しかし、それとは違うイノベーションがある。

「それが破壊的イノベーションというものだ。破壊的という言葉を使うのは、それがブレイクスルーだからではなく、持続的な改善を破壊してしまうからだ。既存企業が作っていた製品よりもよいわけではない。今まで複雑だった製品ではなく、入手可能な価格で製品を得られるようになる。それによってより多くの人がその製品を購入できるようになる。これが破壊的な参入だと言っている」


 “破壊”という言葉は多くの場合、ブレイクスルーイノベーションのことだと思われがちだが、これは誤用だという。

「我々が破壊というとき、イノベーションによって、アフォータブルでアクセシブルな製品が出てくることを指す。多くの人がアクセスできる製品が出るという意味だ」

 かつての米国における自動車市場が、その最たるものだ。1960年代にトヨタが米国市場に参入した際、コロナという小型車で参入した。「これは本当にアフォータブルでアクセシブルだった。これにより、大学生でも自動車を買えるようになり、市場が大きく伸びた。最終的にトヨタは米国車メーカーを破壊してしまった」。

 ディジタル・イクイップメント(DEC:現在はHPの一部)は、破壊した企業であり、破壊された企業でもある。同社が手がけていたのはミニコンピューター。「ミニ」とはいっても、それはメインフレームと比較した話。かつてのメインフレームは200万ドルだったが、同社のミニコンピューターは25万ドル。当時は、世界でもっとも尊敬され、あこがれられていた企業だった。

「1970年代から80年代にかけて、彼らが尊敬されていた理由は経営者が素晴らしかったからだといわれている。それが1990年にさしかかるころ、崖から落ちていくようどんどんダメになっていった。なぜ凋落してしまったのか、それもまた経営陣の無能さにあるといわれました。なぜあんなに頭の良かった経営陣が、またたくまにバカになってしまったのか。そのことに私はしっくりきていなかった」

 DECが稼いでいた1980年代、ちょうど新製品の投入を考えていた。それはメインフレームビジネスを“食い荒らす”のにちょうどよく、ビジネスプラン上は60%の成長率が期待できる状況だった。これは2倍以上する巨大なコンピューターよりも粗利率がよかったのだ。

 しかし、まったく異なるところから刺客は現れる。それがPCだ。他の会社は1990年代にはもうPCを買うようになっていた。

「皆さん覚えているだろうか?初期のPCがどんなにひどいモノだったか。アップルはApple IIをおもちゃとして売っていた。DECの顧客はPCなんてものは使っていなかった。だから顧客に聞いてもPCが重要だということはわからなかった。その後、コンピューターの利益率はどんどん落ちていき、コンピューター自体の価格も2000ドルになってしまった」

 そうすると経営陣は、今残っている利益率の高い製品を売るべきか、それとも今あるお金を使って利益率を悪化させるような新製品を出すのかという課題に直面する。これが「イノベーターのジレンマ」と呼ばれるものだ。

「正解は“将来の希望の星”を追わなければならなかったのに、それをしなかった。その結果、こうした企業はすべてダメになってしまった」

 先のトヨタの例も同様で、GMやフォードも小型車を出したものの、既存で提供している大型車の利益率と小型車の利益率を比べてしまい、トヨタと競争する意味はないと考えてしまった。

「ソニーがどういう事業を始めたのかを考えてみてほしい。いきなり北米市場を奪い取ろうとしたわけではない。ポケットに入るラジオを作った。学生でも持ち歩けて、ロックを歩きながら聴ける小さなデバイスを作った」

 プリンターでキヤノンが、ゼロックスに対して仕掛けたことも同じだ。日本で1960年代から80年代にかけて行われた破壊的イノベーション、これが高度経済成長につながったのである。

 では次に「だれが“トヨタを殺す”のか。トヨタが脅威と感じる企業はどこか。韓国のヒュンダイや起亜がローエンドをとってきている。トヨタは今やハイエンドで、レクサスはBMWやベンツと戦っているような状態だ。だからローエンドを守る理由もない」。

【次ページ】国や企業の成長はどこから生み出されるのか
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