早稲田大学 商学学術院長 兼 商学部長 恩藏直人氏
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コスト・パフォーマンスが高く、認知度もあり、その価値を理解されている製品・サービスであっても、最終的な購入にはいたらないことがある。こうした状況を、従来からのマーケティング論理では明確に説明することができない。認知から理解や態度形成にいたり、購入意図を抱くまでの段階と、最終的な購入に踏み切る段階には大きな隔たりがあるのだ。そこで今回は、これまであまり掘り下げて語られることの少なかった、その「最後の一歩を踏み切る瞬間」について考察しよう。
新製品のヒット率は26%ほどしかない
製品やサービスが素晴らしいからといって、顧客に受け入れられるとは限らない。作り手の思いや期待に反して、思うように売れないことは珍しくない。実務家たちは自分たちの自信作がなぜ売れないのかという悩みを常に抱いているようである。我が国の主要消費財メーカー1000社(回収は265社)を対象に、日経産業地域研究所が2007年12月に実施した「第5回ヒット商品開発調査」によると、新製品の平均ヒット率は26%にとどまっている(渡辺、相良 2008)。ヒット製品になることを期待して市場導入しているにもかかわらず、実際にヒットするのは3割にも満たない(
図表1)。しかも、ヒット率が1割台であると答える企業は35%に及ぶ。
なぜ自信作が売れないのか
この種の問題意識を受けて、マーケティング研究では何度となく議論が繰り返されてきた。例えば、ハーバード大学のセオドア・レビット教授は、「企業が売ろうとするものは、売り手によって決まるのではなく、買い手によって決まる。売り手は買い手からの誘導によって動くべきなのだ」と述べている(Levitt 1960)。自信作というのは、あくまで作り手である企業の思いこみであり、売れない原因は製品開発を進めた企業側にあるというのだ。作り手側を出発点とする「製品コンセプトに基づくもの作り」は、顧客ニーズ側を出発点とする「マーケティング・コンセプトに基づくもの作り」とは識別すべきであり、マーケティング研究では作り手中心の製品開発に陥るべきではないと繰り返し戒めてきた。
確かに、作り手側と買い手側には認識のずれや嗜好の違いがある。作り手が自らの製品やサービスに惚れ込み、ヒットを確信していたとしても、別の人々がそれに飛びつくとは限らない。それだけに買い手のニーズを出発点として、買い手の立場でもの作りを進めるべきだとするマーケティング論理は理にかなっている。
しかしながら、コスト・パフォーマンスから見て明らかに価値があると考えられる製品やサービスであっても、買い手は採用しないことがある。しかも、買い手側は当該製品やサービスを認知し、その価値も理解しているにもかかわらず、最終的な購入にはいたらないのである。
こうした状況に直面したとき、従来からのマーケティング論理では明確に説明することができない。われわれはこうした状況を踏み込んで論じてこなかったともいえる。認知から理解や態度形成にいたり、購入意図を抱くまでの段階と、最終的な購入に踏み切る段階には大きな隔たりがあり、その最後の一歩を踏み切る瞬間にわれわれはもっと光を当てるべきだと思う。従来のマーケティングでは、購買プロセスの全体像の解明に重きを置いていたため、最後の一歩の瞬間をそれほど掘り下げていなかったのだ。最後の一歩の瞬間に対する問題意識が低かった背景には、過去のマーケティング研究や消費者行動研究が非耐久消費財を中心に取り組まれてきたという事実があるかもしれない。生産財や耐久消費財とは異なり、非耐久消費財の購入意図はそのまま購入決定に結びつきやすいからである。
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