連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション
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世界で初めてシロアリの腸内細菌のゲノム解析を実現した、東京工業大学 生命理工学院 教授 本郷 裕一氏。なぜ本郷氏は、世界初の成果につながる着想とアイデアを得たのか。また、ゲノム解析のために「なけなしの研究費全額」を使うなど厳しい研究環境を経験してきた同氏から見て、現在の日本の研究環境をどう見ているのか、話を聞いた。
「世界初」の成果を遂げた秘密とは
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)世界で初めてシロアリの腸内細菌のゲノム解析を実現されました。なぜ、それができたとお考えですか。
本郷 裕一氏(以下、本郷氏):偶然によるところが大きいのは確かです。一方で、大きな仕事を成し遂げたいという野心もありました。ポスドク
(注1)でしたから、大きな仕事をしないと食べていけないという事情もあったのです。
注1) |
博士号を取得した後に、大学や研究所で正規のポストに就かず、任期制の職に就いて研究を続けている研究者のことを言う。 |
とは言え大きな成果だけを狙って何年間も成果が出ないと、これまた食べられません。ですので、当時の私は理化学研究所でポスドクをやっていたのですが、一定の成果が出る地道な研究をやりながら、ハイリスクなゲノム増幅・ゲノム解析もやっていたのです。ただ、日々、結果を求められる現実もあるので、それに応えながら挑戦的なことをやり続けるのは簡単ではありません。
──本郷さんにそれができたのには、どのような理由があったとお考えですか。
本郷氏:1つは環境です。それと危機感でしょうか。運よくと言いますか、当時の上司やチームリーダーが、かなり自由にやらせてくれたのです。博士号を取得した後にタイに派遣されたことがありましたが、そこでも自由に研究させてもらえていました。
当時はポスドク1万人計画
(注2)の時代で、ポスドクがあふれていました。その中でタイに行ったのですが、理由は給料が良かったことと、昆虫が大好きだったことです。そこで完全なる自由裁量で研究ができたのは、恵まれていたと思います。ただ、日本に戻っても職はないだろうとは思っていました。
注2) |
文部科学省が1996年から2000年の5年計画として策定した施策。研究の世界で競争的環境下に置かれる博士号取得者を1万人創出するため、期限付き雇用資金を大学等の研究機関に配布した。 |
だから、有名な科学雑誌のサイエンスやネイチャーに載る論文を書かなければという危機感、野心を持っていました。それは同僚も同じで、時間があれば集まって、研究について議論していました。その中で、シングルゲノム解析のきっかけになった酵素の存在を知ったのです。
多くの研究者が、日々結果を求められる仕事をしながら、挑戦的な研究も同時に行うことが重要だと言っています。しかしそれを実践し続けている人は、一部だと思います。その差が生まれる理由の1つは、危機感ではないかと思います。
──そもそも、シロアリの腸内細菌の仕組みを絶対に突き止めたいという執着心のようなものはあったわけですね。
本郷氏:元から共生系の研究をしていたことが大きかったと思います。
共生の研究をするということは、それぞれの機能を知らなければなりません。そうでないと、共生関係がわからないからです。ですので、たとえば海洋の細菌や土壌の研究をしている研究者に比べると、個々の微生物の機能を知りたいという欲求は強かったと思います。
学生は「邪魔をしなければ勝手に育つ」
──偶然や探究心、あるいは職がないかもしれないという危機感など、色々な要素がある中で、研究者が育ち研究成果を出すために必要な要素は何だと思われますか。
本郷氏:プロの研究者になろうとする人は、元から好奇心が人一倍強いはずです。もちろん、人によって興味の対象は異なりますが、やはりその好奇心に対して正直に、あるいは忠実に研究テーマを決めるのが大切だと思います。また、多くの人が同じことを言っていますが、自由な発想ができる環境も不可欠です。
とは言え、現実問題としてはなかなか難しいですね。研究には発想やアイデア、独創性といった芸術的な素養も必要なので、その人の資質によるところも大きいですから。
個人的な考えでは、学生とは育てるものではなく、育つものだと思っています。ですので、邪魔をしなければそれで良いと思います。大学の修士課程に入ると、指導教員は何でも知っているスゴい人に見えます。
しかし、学生が博士号を取得するころには「この人、それほど大したことないかもしれない……」と感じるようになります。私は「そうなったら卒業していいよ」とよく言います。つまり、学生は自ら研さんして育つものなのです。
【次ページ】新発想に「余裕が必須」、なのに大学教員は「忙しすぎる」
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