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新年度に入り多くの商品が値上がりする中、値下げを敢行する小売店が出てきている。消費者にとってはありがたい存在だが、物価が上昇し、市場が縮小する中での値下げは何を意味しているのだろうか。それは、他店から顧客を奪う壮絶な生き残り競争がスタートしたことに他ならない。
値上げの質が変わってきた
昨年は多くの商品が値上げされ、家計は大打撃を受けた。今年も食品を中心に値上げ傾向が続いており、帝国データバンクの調査によると、4月に値上げされる食品は2806品目、7月までを含めると6433品目となっている。2022年は2万5768品目、2023年は3万2396品目が値上げされたので、品目数は落ち着きを見せている。一方で、2022年の値上げ率は14%程度、2023年は15%程度だったのに対し、今年は19%となっており、むしろ拡大している状況だ。
値上げされる品目数が減少し、一方で上昇率が増加しているのは、同じ値上げでも、その質が変化しているからである。
昨年までの値上げは、原油価格や穀物価格の高騰、あるいは円安の影響で、輸入コストが一気に増大したことによるものである。値上げ分は多くが海外に流れるため、国内経済から見れば、一方的にコストが上昇しただけであり、基本的にマイナスの影響しかない。
今年度の値上げは、これまで値上げをためらっていた企業が遅れて実施したことに加え、高騰する人件費をカバーする値上げというニュアンスが強くなっている。企業側の説明としては原材料費の高騰となっていても、原材料費の中には、製品を製造する際に必要となる作業員や物流要員など、多くの労働コストが含まれる。
今年の春闘では5%超という、例年になく高い水準の賃上げが実現したほか、企業に対する政府の指導も強化されており、コスト増加分を下請けや外注にツケ回すことが難しくなっている。増えた人件費をカバーするには価格を上げるしか選択肢がなくなっており、これが商品やサービスの値上げにつながっている。
原油価格や穀物価格の高騰による値上げと比較して、人件費増による値上げ分は賃金として国内に落ちるので、マクロ的には多少、状況は良くなっている。だが消費者にとって価格が上がることに変わりはなく、値上げが続けば購買力の低下をもたらすのは間違いない。
大手小売店はあえて値下げを敢行
こうした中、大手小売店の中には商品の値下げに踏み切るところが出てきている。イオンは3月27日からプライベートブランド(PB)「トップバリュ」シリーズ28品目を最大で23%値下げした。競合であるセブン&アイ・ホールディングス傘下のイトーヨーカ堂も、飲料や小麦粉など購入頻度の高い71品目を対象に平均で約10%の値下げを決めた。値下げにまでは踏み切っていないものの、同社PBの低価格シリーズである「セブン・ザ・プライス」の商品数増加も決定しており、低価格商品の選択肢を拡大する。
消費者にとっては嬉しいニュースだが、なぜイオンやセブン&アイ・ホールディングスはインフレが進む中、あえて値下げを実施するのだろうか。それは国内の小売店業界がまさに正念場を迎えており、生き残りをかけた壮絶な顧客獲得戦争が勃発しているからである。
日本は今後、急ピッチで人口減少が進み、小売市場も同じペースで縮小していく。人口減少社会において、現在と同じ店舗数や事業者数を維持することは不可能であり、確実に店舗は淘汰される。加えて、とうとう日銀がマイナス金利を解除し、政策転換に踏み切ったことで、今後、金利が上昇していく。
金利の上昇は、各社の利払い費用の増加につながり、減収要因となる。小売店の中には、店舗の出店などで負債を抱えているところも多く、金利上昇が体力のない小売店を追い込んでいく。こうした市場環境において、顧客の争奪戦が始まるのは必至であり、日銀の政策転換はその号砲と考えるべきである。
このところドラッグストアが生鮮食料品を積極的に扱ったり、コンビニが総菜を強化するなど、バラバラの業態だったスーパー、コンビニ、ドラッグストアの垣根が急速に消滅している。これも各業態が生き残りをかけて他業態の顧客を奪い合っている現状を端的に示している。実はイオンは2023年からすでに複数回、値下げを実施しており、顧客争奪戦は静かに始まっている。
体力のある小売店は、あえて値下げを敢行して顧客数を維持し、逆に値下げできない小売店は他社に顧客を奪われ、金利負担の増加もあいまって市場からの退出を迫られるだろう。
【次ページ】縮小する小売業界でどう戦う? 水面下で進むイオンの計画
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