イッセー尾形の人生コーチング

――この本には、人生いかに生きるかについてのヒントが詰まった「森田雄三語録集」という趣もあります。朝山さんにとって、森田さんという人物はどう映っていますか。

朝山氏■最近、ようやく世間に知られ始めましたが、イッセー尾形の演出を30年近く手がけていたのに、森田氏はこれまで殆ど表に出てこなかった。別に黒子に徹してたわけじゃないんですが。 「イッセー尾形」のひとり芝居では、舞台に立つのはイッセーさんですが、じつは何人もいる。演出の森田さんもそのひとりです。芝居に加わる仲間の総称として「ら」と付けたりもしますが、要するにユニットの総称が「イッセー尾形」なんですね。

　森田さんによれば、レオナルド・ダ・ヴィンチもそうだったらしい。「ダ・ヴィンチ」は工房の総称であって、ひとりで成立していたのではなかったそうなんです。「イッセー尾形」の場合も、個人が手柄を独り占めするんじゃなく、つねに集合体であろうとしています。ただ、森田さんの表に出なさ加減があまりに徹底してたもんだから、僕しては興味を持って追い続けてきたんですね。

　なぜ、「イッセー尾形」が30年間も続いてきたのかとあるとき森田さんに訊いたら、「そりゃ続くだろう」、と涼しい顔でいうんですよ。従業員が3～4人の零細中小企業だったら続くんだよ。あんたは演劇というものに特別な意味づけをしているからそんなこと訊くんだよ、とね。

　演劇が、芸術だのアートだのと宣言しちゃうと特別になっちゃう。しかも金だ政治力だって話になる。でも、僕が思うに、森田さんを含めた「イッセー尾形・ら」は、そうした発想をなくしていったのでは。あえて、とつけ加えてもいい。

　彼らが特別じゃないはずはないですよ、現実には。だけど、自分らは特別だからやれるんですよというのはなしにしましょう、ということをものすごく意識しながら続けてきたからこそ、「イッセー尾形」はこんなに長い間、続いてきたのではないでしょうか。


――ワークショップでのイッセーさんは？　朝山さんの本に「あとがき」を寄稿されていますが。

朝山氏■最初は一参加者だったんですが、そうもいかなくて、稽古のサポートとして奇妙なアドバイスをしてました（笑）。

　森田さんは頭の人、イッセーさんは動きの人。「分業」ぶりが絶妙でした。座り型をこうしたら、とか、技術的なことをちゃんと教えてましたし。かといって、けっして上からの目線ってことじゃなく、共に歩く感じ。共演者としてね。

　稽古中、イッセーさんがその場に居続けることだけでも、参加者は刺激を受ける。稽古風景のスケッチをしたり、ただそこに座っていたりするなかで、イッセーさん自身もいろいろなことを吸収する。その結果、ワークショップが終わった後、みんなの日常が「少しだけ」変わる。その手応えについても、今度の本を通じてお伝えしたつもりです。




――どんな人に読んでもらいたいですか。

朝山実氏

朝山氏■演劇に興味なし、イッセー尾形も知らないっていうようなビジネスマンに読んでいただきたいですね。とくに、うつむき加減で転職考えてたり、自信喪失で凹んでいるような人。上司に怒られて今日もとぼとぼ会社を出る、みたいなときにふと、書店で出会っていただければ（笑）。 タイプでいえば、ハンデを勝手に自分でこしらえちゃっているような人。失敗を恐れ、目の前にかかっている橋を渡ろうとしない人にも、ぜひ。

　失敗するってそんなにも困ったことなんでしょうか。失敗＝恥ずかしい＝いやだ＝と自分では思うかもしれないけど、端から見るとうまくいかないって状況にいる人が、とてもチャーミングだったりするんですよ。ワークショップは集団でやってますから、他の参加者を見てるとよくわかる。一方、うまくいった人がそれほどすごーくカッコイイわけでもないってことも、見ていればわかる。 学校教育の弊害なのでしょうが、失敗しないために予習ばかりしている生活では、一度失敗すると取り返しのつかない状況になってしまう。そう考えると、ちょこちょこ失敗してるひとのほうが愛らしいし、かわいらしいと思うんですね。人生って、そういうことでしょう？

（執筆・構成：島村麻里）


●朝山実（あさやま・じつ）
ルポライター。『週刊朝日』や『AERA』での人物ルポには定評がある。井筒和幸監督の映画『パッチギ』のノベライズなど幅広く執筆・編集を行っている。